Marrakesh

「温故知新」 in Cadi Ayyad University  Kingdom of Morocco 2011 [3]
温故知新incade ayyad university

Marrakesh

■Marrakesh
目的地のMarrakeshから遥か300kmも離れたEssaouira空港に降り立つ。
ORLY空港のカウンターは大混乱していました。MoroccoのMarrakesh空港までのチケットを持った私たちは、数日前の自爆テロの影響なのか、
ORLY空港のカウンター前で大行列に混じって3時間。その原因が予定していた一便が欠航した為ということを後で知りました。
フランス語がメインのこの地でカウンターの女性に「もしも今日、Marrakeshに行きたいならEssaouira空港行きがこれから出ます。
そこからバスに乗って行って下さい」と言われ、聞いたことも無い所への飛行に不安を抱えたままEssaouiraを目指しました。
Essaouira空港は世界遺産のMedina Essaouiraのある所で、Marrakeshまで約300kmも離れていました。空港に到着し、Marrakeshを目指すバスを探しました。
しかし、バスではなく「乗り合いのワゴンタクシー」に、フランス人のご夫婦と中国系の若いカップルと我々。
フランス語を話す運転手と夫婦と中国系カップル。我々は英語しか分からず、なんだか居心地悪い状態でした。
そんな中、空港で繋がっていた頼みのphoneは圏外の状態。Marrakeshで会う通訳の和田さんに、連絡できない不安を抱えていました。
携帯で話をしていた運転手に電話を借りたくてもフランス語がわからない…と諦めつつ、カップルに「Can you speak English?」と聞くと「Yes」と彼女。
本当に助かりました。
運転手に電話を借り、通訳の和田さんと運転手が何処で待ち合わせるかを話すことができました。

馬車と、ロバと、人間と、車が共同に道路を行き交うこのマラケシュは、昭和の日本の感じがする。
信号なんてあってないような町に住む和田さん曰く「ここに住んでいる人にとって、車スレスレで行き交かう事が、生活の一部」
目的の72Riad付近までタクシーで到着するや否や、群がるように少年が「リヤカーいるでしょ」とトランクをリヤカーに積んで運ぶ。
ここではこれが彼らの仕事らしい。

薄暗くなった細い路地の石畳に、多くの人々。路上では物を売る光景………先の方にリヤカーは慣れたように進んで3分……『ここではあまり、宿泊場所に期待は持てない….』と思った我々でした。
目のまえに木製のドアを明けると、そこは別天地でした。

エントランスを抜けると、天井遥かに大きな大きなバナナのような木。
真ん中を流れる水の音。
全てが外観とのギャップ。

この国の文化を感じるのでした。