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Activities

イベントの舞台裏┃ショーが出来上がるまで

こちらは「ブログ」記事「「温故知新」ワールドツアー in Cadi Ayyad University   Paris~Lyon~Morocco 」でも活動の様子を紹介しています。

私たちは「温故知新ファッションショー」を世界の大学で継続させます。

心配していた荷物も無事にマラケシュに届いたので、予定通りのファッションショーが出来そうです。 出発直前に入ったニュース。ビンラディン氏の死去。アルカイダの釈放。遠隔テロ。なんだかきな臭い雰囲気です。

しかし、目前の計画は着実に進んでいます。日本の心を世界の学生達に纏っていただく「温故知新 ワールドツアー」が始まります。「温故知新 ワールドツアー」、第一回はモロッコ王国。通称モロッコは、北アフリカ北西部のマグリブに位置する立憲君主制国家。東にアルジェリアと、南にサハラ・アラブ民主共和国と、北にスペインの飛び地セウタ、メリリャに接し、西は大西洋に、北は地中海に面しています。アラビア語が公用語となっていますが、国民の大半は学校教育でアラビア語を学習しつつも日常生活ではモロッコ特有の方言を話しています。かつてフランスの保護領であったので、フランス語が第二言語として教えられているそうです。フランス語!?日本の心で織り込んだ着物地を使用したアバヤ、「和羽矢」を。また、同じく着物地で作ったモロッコ民族衣装のカフタン。Cadi Ayyad Universityの学生にモデルを依頼し、日本の心を演じて頂きます。そして学生たちに日本の織物の素晴らしさを伝えてきます。

温故知新in Cadi Ayyad University

パリ

リオン
12時間のフライト当日にMeetingに出席。初めてのParis。どこか懐かしい気もしました。大型のタクシーに乗って、予約していたAgoraホテルはノートルダム寺院近くにありました。ホテルから目指すロータリークラブまで、時間がありませんでした。近い事を祈りつつ、 着くや否や自分で着物の着付けに何度もくじけそうになりましたが、スタッフとして同行していた長男と長女に「大丈夫だよ。着物着た方がいいよ」と助けてくれなんとか着用完了。すぐさまタクシーに乗り込みました。ロータリーンメンバーは10名程でした。 自己紹介の時間とバナー交換の時間も用意して頂きました。着物を着ていた事で、日本の震災を心配して下さって、色々話をする事ができました。基本的に皆さんの会話はフランス語でしたが、数人の方々と英語を話す事が出来ました。「僕も今度英語を習うよと言う方もいて本当にフレンドリーな方々でした。

TGVで着物を着てLyonへ
Liyonで12:30からロータリーMeeting。初めてのTGV。駅の大きさに圧倒。ここから2時間半でLiyonへ。折角なのでと良い座席(グリーン車)を購入。しかし、車両を間違えてましたが、後で来た正規予約の方々が「我々が貴方達の予約席に行きます」と親切に移動してくださいました。前方から白髪の男性が。私の着物姿に近づいて、「お隣空いていますか?」Adam Wibrowski氏でした。彼は40回ほど来日しています。息子さんは日本の大学を卒業、世界中で仕事をしています。 Adamさんは日本の実力派ピアニストの師匠のような存在だそうです。彼はこれからショパン年祭に続き、リスト年祭として世界をピアノオーケストラで回るという話でした。 真剣な顔で、Lyonはそのリスト年祭の出発だそうです。私のファッションショーのアイディアと一緒にやらないかと話していました。Parisに戻ってから一緒にディナーをと誘われ、子供も一緒ならと受けました。

Lyonに到着
素晴らしい町でした。ホテルCollegeはアンティークな学校風デザインの素敵なホテル。本当にすてきでした。ロータリーには行く事ができませんでしたが、織物美術館へ。ここでは知り合いにお話をして頂いているマリーさんにも会える期待も有りました。 テキスタイルの美術館では世界でも有名なLyonは富岡製糸場と大きな関係がありました。着物を着て歩きながら「不思議」と感じました。マリーさんに会う事が難しそうで、ホテルに戻ると、意識を失うほど疲れきり、着物姿で丸一日歩き回った私には何もする気力なし。そこにAdam氏からホテルに電話。「ポール・ボキューズに予約するけれど、どうでしょうか?」 すっかり疲れきっていた私は「とても話が出来るような状態に無いくらい疲れています。明日ならParisで」「それなら車でParisを案内してそれからディナーを一緒にしましょう」本当にぐったりでした。

Prisのディナー
Adamさんが迎えに来ました。 Adam氏のレンタカーでパリ市内観光をしました。セーヌ川付近の有名な並びの入るアイスクリーム屋さん。凱旋門、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔、オペラ座、ルーブル……..巨匠の運転で全て回りディナーまでご一緒にしました。スタッフ代わりの長男長女には少し退屈な時間のようでした。正直、私も本当に疲れきっていました。それにしても、本当にこんな偶然って有るのでしょうか。 知り合いのおかげで、Marrakesh大学に引き続き、Lyon第三大学でファッションショーが出来る事になりそうです。

モロッコ

マラケシュ
目的地のMarrakeshから遥か300kmも離れたEssaouira空港に降り立つ。ORLY空港のカウンターは大混乱していました。MoroccoのMarrakesh空港までのチケットを持った私たちは、数日前の自爆テロの影響なのか、ORLY空港のカウンター前で大行列に混じって3時間。その原因が予定していた一便が欠航した為ということを後で知りました。フランス語がメインのこの地でカウンターの女性に「もしも今日、Marrakeshに行きたいならEssaouira空港行きがこれから出ます。そこからバスに乗って行って下さい」と言われ、聞いたことも無い所への飛行に不安を抱えたままEssaouiraを目指しました。Essaouira空港は世界遺産のMedina Essaouiraのある所で、Marrakeshまで約300kmも離れていました。空港に到着し、Marrakeshを目指すバスを探しました。

しかし、バスではなく「乗り合いのワゴンタクシー」に、フランス人のご夫婦と中国系の若いカップルと我々。フランス語を話す運転手と夫婦と中国系カップル。我々は英語しか分からず、なんだか居心地悪い状態でした。そんな中、空港で繋がっていた頼みのphoneは圏外の状態。Marrakeshで会う通訳の和田さんに、連絡できない不安を抱えていました。携帯で話をしていた運転手に電話を借りたくてもフランス語がわからない…と諦めつつ、カップルに「Can you speak English?」と聞くと「Yes」と彼女。本当に助かりました。運転手に電話を借り、通訳の和田さんと運転手が何処で待ち合わせるかを話すことができました。

馬車と、ロバと、人間と、車が共同に道路を行き交うこのマラケシュは、昭和の日本の感じがする 信号なんてあってないような町に住む和田さん曰く「ここに住んでいる人にとって、車スレスレで行き交かう事が、生活の一部」目的の72Riad付近までタクシーで到着するや否や、群がるように少年が「リヤカーいるでしょ」とトランクをリヤカーに積んで運ぶ。ここではこれが彼らの仕事らしい。薄暗くなった細い路地の石畳に、多くの人々。路上では物を売る光景………先の方にリヤカーは慣れたように進んで3分……『ここではあまり、宿泊場所に期待は持てない….』と思った我々でした。 目のまえに木製のドアを明けると、そこは別天地でした。エントランスを抜けると、天井遥かに大きな大きなバナナのような木。 真ん中を流れる水の音。 全てが外観とのギャップ。 この国の文化を感じるのでした。

リハーサル
Marrakesh Caddi Ayyad 大学側で用意して下さった会場は階段教室。 ここを初めて見た時、前方で英語の解説をしている教授から学生が学んでいました。その光景を見ながら、ショーの演出はすぐに浮かんできました。翌日、18:00からリハーサル。私の不安は学生のほとんどがフランス語かアラビア語。はたして私の思いは伝わるのか……たった三人で、上手く着替えをさせる所まで出来るのだろうかという事。日本から用意していた元体育教師の証のホイッスル。残念ながら今回は必要では有りませんでした。初対面で、彼らとの信頼関係を築ける直感が有りました。 言葉よりも、私が一生懸命に話す姿と通訳の和田さんとのコミュニケーションは言葉以上に伝わる物を感じました。スタッフとして一緒に来てくれた長女と長男も良く動いてくれたお陰でもありました。誠心誠意限られた時間の中で、翌日のショーのリハーサルは無事終ました。

しかし、ショーに使用する全ての仕材を段ボール箱3つに戻す、片付けが待っていました。全てを終えた私の体はくたくたでしたが、折角大学関係者の方々が招待して下さったディナーを断る訳に行きません。内心は。明日の本番だけに集中したい私。話をしたくてもフランス語ガ分からず、眠さも加わって、限界状態。皆さん、明日の本番を本当に楽しみにして頂いている様子で「あまり遅くなると大変でしょう」と早めに切り上げて下さいました。本当に素晴らしいレストランでした。

本番当日
大学の方で壁に「温故知新」の垂れ幕を素晴らしく掛けて頂き、階段教室のステージを照らすようにギャラリーの照明を落とし、ショーの会場らしい演出が出来ていました。 男子学生の方は長男に任せ、私と長女は順番に5人の女子学生に小袖を着させます。その後、私は自分自身も着物を着ました。いよいよ本番です。頭に描いたように、階段教室の一番上から、拍子木を叩きながら「吉田兄弟の三味線」に合わせながらステージに向かって歩きました 。扇を開いて、日本舞踊を皆さんの前で踊ります。小袖の女子学生は前日のリハーサルの成果を見せ、見事に提灯を手に歩いてくれました。男子学生も、雰囲気で歩いてくれて、スタッフも充分にいない中で次々にショーは進んで行きました。日本の着物の美しさや日本の「粋」を私なりの演出でしたが、集まって頂いた学生や一般の方々に絶賛されました。モデルになった学生と一つの目的をやり遂げられた事は、共通の喜びになりました。今後も、「日本の美」をファッションショーというスタイルで、大学生と一緒に作り上げてゆく活動を世界中で行って行きたい考えは間違っていないと確信できました。

こちらの様子はブログでも詳しく紹介しています。

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「温故知新」ワールドツアー in Cadi Ayyad University   Paris~Lyon~Morocco “Taking a Lesson from the Past” Fashion Show in Marrakech, Morocco [本番]

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