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TraditionJAPAN Special Interview – 第3回 島 敏光 氏

TraditionJAPAN Special Interview - 第3回 島 敏光 氏

Tradition Japanは薄れゆく古き良き日本の伝統、しきたりや風習を様々な角度と分野から表現し、守り続けて行く組織です。Tradition JAPAN Special Interviewでは、各方面で活躍されている方々と共に、独自の「日本」について矢作千鶴子と追求していきます。

本日のお相手

島 敏光 (しま としみつ)氏
島 敏光 (しま としみつ)氏
タレント兼ライター

第三回/対談のお相手は 島 敏光 (しま としみつ)氏 成城大学に在学中、アマチュアのフォークコンサートの司会をしていたところ、ホリプロにスカウトされ、東京12チャンネル(現テレビ東京)の「集まれ!ジャポップス」のアシスタントとしてデビュー。以降、TBSの「ヤング720」のリポーター、ニッポン放送の「サタデーニッポン」のDJ等で活躍。 父はジャズシンガーの故 笈田敏夫。伯父は映画監督の故 黒澤明、従兄に黒澤久雄がいる。 現在はフリーランスのタレント兼ライターとして、幅広く活躍中。

矢作:お越しいただきました、島敏光さんです。

:よろしくお願いします。

矢作:よろしくお願いします。島さんとは、共通の友人の間に、丸山おさむさんという芸人の方がいらっしゃるんですが、いろいろお話してみると非常に気が合うということで、ここにお越しいただいたわけです。
オールディーズで大体ジェネレーションが一緒ですね。
いろいろお話を聞くところによると、映画を1年に300本ぐらいご覧になってるとか。

島:そうですね。もうそれを30年以上続けているという状況ですよね。
1万本以上軽く、ですね。ビデオではなく、映画館とか試写室とかの劇場でそれだけ見ていますね。

矢作:島さんなりにエッセイストとして映画の醍醐味は?

島:自分の人生ってやっぱり限られているよね。それを現実に、いろんな人の人生を生きられると。それから、いろんなポジションから物事を見ることができる。おじいちゃんの立場だったり、子どもの立場だったり、時には動物の立場だったり。
楽しい映画を見ればもちろん楽しくなるし、いやーな、つらい映画を見れば、ああ、映画で良かったと。

矢作:疑似体験的ですね。

島:完全に疑似体験ですね。

矢作:映画を見られる方は、大体そういうところがほしいから行くっていうのも非常に多いと思うんですけれども、ほかには何か。

島:あとは僕、体質的にね、コレクターっていうんですか、何かあると集めたがるんですよ。気持ちの中では何本映画を見たか、どれだけ映画のプログラムを収集したかっていうのも、一つの何か楽しみになっているんです。

矢作:数多くの映画をご覧になった中で、時代的なものもありますよね。
その中で、「映画の道」があったと思うのですが、映画の質としてどのあたりが自分の中で一番お好きですか。

島:多分ね、僕はやっぱりハリウッドの映画、アメリカ映画が大好きだったもんで、そうすると、黄金期というのはおそらく40年代、50年代ということになると思う。
やっぱり一番ハリウッド、夢向上で華やかなりし頃というのは、1940年、1950年ぐらい。もう夢を具象化したハリウッド映画。僕らが映画を見始めたのは、むしろそのハリウッドが若干力をなくしてきてから見始めているんですよ。
だから、むしろ映画頑張れと、そんな気持ちも含めて見ていて、それでスターが出てくる。僕らが見始めたころはアメリカニューシネマという時代がやってきて、例えば、西部劇だったらネイティブアメリカンが悪くて、西部の開拓する人たちが、フロンティアーズがいてインディアンをやっつけるっていう話が、「いやあ、それどうよ」ということになって、インディアンの立場、ネイティブアメリカンの立場から書かれる映画が出てきたり、スーパーヒーローが何でも勝っちゃうんじゃなくて、ちょっと弱いヒーローが出てきたりと。

そういう等身大のヒーローが闊歩したのが60年代後半から70年代のニューシネマまで。ちょうどその気持ちと僕らの世代の気持ちがぴったりとマッチして、それで、具体的に言えば『俺たちに明日はない』とか『明日に向って撃て!』とか、ああいった映画がものすごくスコーンと僕の心の中に。 結局、「AプラスBはC」だけじゃないっていうそういう部分が、映画から教えられたというか、そうなんだというふうに。

島:映画も生ものだから、もう1回見て、前のときよりももっと好きになる映画もあればもう1回見て、「えー、こんな映画だった? 全然面白くないじゃない」と思うこともある。
だけども、ちょうどニューシネマの時代と僕らの青春時代が重なって、そのころの映画っていうのはもう忘れられない。音楽の使い方、映像の使い方、そういったのがもう大変に印象的で、それからメモを取るようになって。映画のメモを取るようになったらもうおしまいね。もう映画病。もうとっぷりと入っちゃう。
もうどうしようもないですね。

矢作:メモを取るっていうのは、そのマインドマップが頭の中にあるわけですよね。1つの目的があって、そこからいろんなものが出てくるわけですからね。

島:メモを取るといっても、いろんな感想を書く人もいれば、僕はね、どういうわけだか出演者の名前を書き出している。ひたすら、出演者の名前を書き出す。オートマティックに。
どんどん書き出す。そうすると、この映画に出ていたこの人が、この映画に出ていたこの人なんだとか、この映画でこんな役だった人が、この映画ではこんなちっちゃい役だったとか、そういうリテールをずっと見ていると、また映画って違った形でも見えてくるんですよね。
結局僕らには、小学校時代からの友達とか、矢作さんみたいに最近知り合った人とか、いろいろいるわけだけれども、映画を通して子役だった女の子が、いつの間にか少女になって、大人になって、お姉様になってという過程を別々の映画でずっと見ていくと、これはこれで一つのね。
例えばね、ブリジット・フォセーというフランスの女優がいるんですけれども、これは『禁じられた遊び』という映画に出てきた子役ですよね。
その子役が、10年、20年、30年弱ぐらいたって、フランスの映画で出てきて、もう大変な単能的な官能的なシーンを演じる。えっ、これ、まずいんじゃないのっていうぐらいすごいシーンを。
そういう二次的な楽しみ方っていうのもありますよね。

矢作:小さい子役のときを見ちゃったから、何かそういうとき、その子が自分の親戚のような、知っている子なのに。
「まずいんじゃない」っていう気持ちになるっていうのはすごいですよね。

島:あるね。それがやっぱりいい部分、悪い部分、どっちにしてもそれは感動なんですよ。
もう、ものすごく感じて動かされるという、文字どおりいろんな感動も味わえるという、そういう見方もあるみたいな気がしますね。
いろんな人のいろんな見方があるからね。音楽と映像のかかわりで見る人もいれば、スターで見る人もいる。つくる監督の手腕、編集で見る人。その人の人生を見る人もいればね。僕は割とグローバルに、あらゆる映画をいろんな角度で見ているつもりだったんだけど、コレクターだから、1本でも多くだから。
だけども、その中でも独特な見方をしていたかも分からないですね。

矢作:なるほど。島さんの人となりも分かっちゃったような(笑)気がします。
そのハリウッドっていうと「HOLLYWOOD」ですよね。
私も実際に、あそこの「HOLLYWOOD」の文字を見たときに、「わーっ」と思ったんですが、やっぱり一番最初にハリウッドを知ったときの、おっしゃったように、40年代の映画が一番良かったって。
あのときハリウッドが輝いていたっていうのは何となく分かります。実際に見るとだって、ハリウッドはハリウッドだけど、情報がいっぱい集まっていたので、そういう意味では、情報があまりないときのハリウッドの存在というのは、日本人にとっても。
夢のような。
とてつもなかったでしょう。例えば、冷蔵庫の大きさ一つとってもびっくりしていたわけで。
衣装でびっくり、土地の広さでびっくり。
極端に言えば、金髪でびっくりでしょう。何で髪の毛、人間から金色のものが生えてくるっていう。
それで歌のすばらしさ、特にリズム感なんかずっこーんとやられちゃいますよね。

矢作:もう、ちょっとね。日本にずっといると、やっぱりそういう、鎖国ではないですけれども、情報があんまり入ってこない。その中で映画から伝わってくるもの、やっぱりハートをわしづかみですよね。
今でもオールディーズに入っちゃいますよね。

島:うん。あこがれの対象が、自分の友達や先生や父親や母親でなくて、ハリウッドの男優、ハリウッドの女優。もう本当にあこがれで。

矢作:分かります。すごいね。そうすると、40年代、50年代ではあるけれども、ジェネレーションとすれば、島さんがお書きになっていらっしゃいます『映画で甦るオールディーズ&プログラム・コレクション』という本の中でとらえられている『エデンの東』とか、いい感じですよね。今まさに、例えば、こういうポスターなんかでも、もっときれいにできる部分がありますよね。
でも、これは私たちの中ではもうオールディーズ、これは一番良かった。

島:そう、だからね、これを見てみると、例えば、ジェーン・マンスフィールドという人の水着なんだけれども、これなんか割とどれでも同じ色なんだけれども、写真によって色が全然違うんですよ。
極端に言えば、この水着がブルーだったりする。
背景も違ったりするということはもう多々ある。結局、人着ですよね。人工着色。
これ白黒映画だから、こんなのあり得ないわけ。
れがね、何というか、今見るとポップなんですよ。エルビスも。これ本来、白黒ですよね。それを当時は日本人の技術で全部塗っていたわけですよね。

矢作:なるほどね。すごいですよね。話はハリウッドから日本映画にちょっと移したときに、日本映画も相当ハリウッドに影響を与えられて始まるという感じなんですかね。

島:でしょうね。そこら辺の僕、歴史ちゃんと勉強していないんで、よく分からないんですけれども、例えば、黒澤明監督の話になるんですけれども、僕は高校3年から大学2年ぐらいまで、黒澤のうちでずっと居候していて、黒澤ともういつも二人でお話をしていて。
それで、そのときいろんな話を聞いた中で、やっぱり自分には、ジョン・フォードという、『駅馬車』とかすばらしい西部劇をたくさんつくった監督ですね、この監督が師匠みたいなもんだと言っていて。日本の映画というのは、どっちかっていうとやっぱりお茶漬け的な映画が多かった。焼いたシャケと、ご飯とお茶漬けみたいなのが多かった。僕はそうじゃなくて、ステーキがあって、サラダがあって、ポテトがあって、スープがあって、デザートが付くような映画をつくろうと。武骨な、ぐっと肉厚なストーリーをつくり、そしてエンターテインメントを入れて、『7人の侍』とか、『隠し砦の三悪人』とか、そういった映画ができてきたんですよね。さらに今度は逆に、この『隠し砦の三悪人』で出てきた2人のお百姓さんがいて、その2人をスターウォーズの監督ジのョージ・ルーカスが見て、二体のR2-D2とC3-POというロボットになった。
ジョージ・ルーカスが来たとき、黒澤監督に「いや、実はこのロボットは、『隠し砦の三悪人』を見て」。
黒澤は、それがすごいって言っていましたね。「実はこれを見て、まねしてこれをつくったんですよ」って言えるところがやっぱり彼らの自信である、と。

矢作:オープンマインドですね。

島:やっぱり僕らだったらどうしても、「これ隠し砦の2人と雰囲気似ているね」「いや、見たこともありません」とか言っちゃう人がいるじゃないですか。
だからそこら辺で、やっぱり脈々たるハリウッドの伝統というのが生きてきて、日本に伝わって、逆にまたそれが海外に伝わって。これはもうすばらしいことだなと思うんですよね。

矢作:そうですね。先ほどの、このオールディーズの本の中でおっしゃられていた、「日本人というのは、ある程度自分たちの国ぶりにする、アレンジするのがうまい」とおっしゃったわけなんですけれども。
その辺っていうのは、字幕スーパーにもちょっと表れるのかなって。

島:はい、あと邦題とかもね。だからそこら辺が非常に難しいっていうか、非常にデリケートなところでね。例えば、1つの映画で、僕が子どものころ大好きだった、『サマーホリディ』を歌っていたクリフ・リチャードという人が、ボン・エキスプレスという映画をつくって主演しました。その日本語のタイトルが『女体入門』。

矢作:(笑)。ある意味、分かりやすい。直訳的。

島:それで、僕ら見られなかったわけですよね。何となく恥ずかしくって見られない。そういうこともあれば、例えば『ブッチ・キャスディとサンダンス・キッド』というタイトル、このままだったらどうだろうと。それを『明日に向かって撃て!』というタイトルになって見やすかったという部分もある。

矢作:タイトルの付け方が、もうすごく詩歌的ですよね。もう何か、to be continueみたいな部分が表れていると、何か創造をかきたてる、日本語のタイトル一つでありますもんね。

島:タイトルね。うまいタイトルを付けると、本当にいいなと思うし、変なタイトルになっちゃうとね。それはもう映画の宣伝マンの努力もあれば、プロデューサーや何かの努力もあるんだけれども、これがもう、良かれあしかれ日本の国の特徴でもあると思うんですよ。
僕、それこそ矢作さんの本を読んでインスパイヤーされたんだけれども、何々的、何々気、何々ぽいっていう日本人独特の奥ゆかしさ、これが日本の良さであると。
まさに僕もそれを感じていてね、日本って湿気が多いじゃないですか。だからグラデーションの文化だと思うんですよね。

矢作:はっきりしていない。ぼわー。

島:はっきりしていない。ぼわーっとした。だから逆に、例えば、ヨーロッパに行ったり、オーストラリアに行ったりして、カーッとはっきりしたものを見ると、「うわー、何てすばらしいんだろう」と思って一瞬そっちにのめり込む。だけども、いつの間にかまた、今なんかちょうど桜の季節で、全体にこう、一つ一つはグラデーションしていないんだろうけれども、空全体、風景全体がグラデーションに見えるという、この文化というのが本当に独特でね、いいなあと思う反面、これが日本人のある種の弱さにもなっている。最近ね、試写会なんか行ってよく感じるのは、例えば、「皆さん、チケットのほうをお持ちになって、入り口のほうにお越しください」っていうふうに言うわけですよ。
だけどそれは、「チケットをお持ちになって、入り口にお越しください」「入り口にお進みください」でいいわけ。それをぼやかしている。

島:それはどうよって。だから、昔の人が自信があって、確固たる日本人としての自信があって、そしてぼやかしていた。今は、自信がないから、何でも。

矢作:(笑)核心的な話ですね。

島:「おいしいですね」って言えばいいところ、「僕的にはおいしいと思うんですよね」。

昔は、そういうことではなかった。「私の口に合いません」とか、何とかっていう、明らかに自信があった上でぼやかしていたと思うのね。今は自信喪失というかね、そういった部分でぼやかしているっていう、そこら辺が問題じゃないかなっていう気がするんですよ。
そして、この話がどこに着地するかは、まだ全然自分の中でも見えていないんだけれども。

矢作:いいです、着地しないで、もう空中に飛んだままでいいんですよ(笑)。

島:空中(笑)。矢作さんの本を読んで、そこら辺非常に、僕が常に考えていることと、すごいリンクする部分があって、これは面白いなと思って、この件ではまたね、時間かけて。

矢作:そうですね、私がアメリカに住んだときに、友人が言った言葉があるんです。私もアメリカ好きでしたし、もう本当に角の丸みがあった2mぐらいの冷蔵庫も大好きで、そういうものにしびれちゃって、アメリカ大好きで、ニコニコマークとかいろいろやりました。それの延長でアメリカに住んでみて、本当にアメリカの良さって思うんですよ。それはおっしゃったように、白、黒がはっきりしていないと、共存できない世界でもあるので。

島:そうなんですよね。人種がね、本当にるつぼだから。

矢作:そうですね、要は、ものすごい必要なわけですよね。
その中でやると、教育なんかも、もう駄目なものは駄目っていう、小さいころからそうやって育っていくから、グレーがなくて。
小さい子であっても、この規定を破ったらね、罰を受けなければいけないんだよって、その中で、それで出来上がっている国の中に、2年間住んだときに、ああ、やっぱり日本と違う、いいって思ったんですよね。

島:そうそうそう。

矢作:でもその友人が、「最初の3年間はいいと思うのよ。でも次の3年間で、日本がいいと思うのよ。そして7年目からはどっちっていうふうになるのよ」って言われて。やっぱり今カーッとした太陽の国っていうのはいいなあと思うけど、桜がちょっと見たいねっていうのは、体の中にバランスがあるんですね。

島:あるんですよ。だからそのバランス感覚が養われたかどうかというのはね、大きな話になるけども、教育、それはもうましてや家庭の、家の、小さいころからの。日本人はもうそういったものを、自分の国の中に取り入れるというのはもう天才だから。

矢作:この中でありますよね。だって人工着色で、日本人の感性でやっちゃうわけですからね。

島:やっちゃうでしょ。例えば、ハンバーグステーキがあるとすると、アメリカでは大体牛肉100%みたいなハンバーグステーキがあって、それがいつの間にか日本では、タマネギのみじん切りを入れて。

矢作:時には豆腐を入れたりね。

島:豆腐を入れたり、パン粉なんか自然に入れますよね。
それで、それはおいしいと。
ただ、アメリカ行ったときに100%のゴージャスなの食べて、「うめえ、ハンバーグはこれだよ。何か日本は」って言いながら、同じでしょう。

矢作:同じですね。

島:5年、10年たって、今になってみると、日本のハンバーガー。

矢作:しょうゆ味。

島:いいかもしれない。

矢作:という感じですよね。

島:あるいは、カレーなんかでも、僕インドにしばらくいたんだけれども、日本のカレーはカレーじゃない。何てインドのカレーはおいしいんだと食べさせた。そしたら、「おいしい」「日本のカレーはとってもおいしいでしょ」っていうふうに言ったら、「何?」「何じゃなくて、このカレー、おいしいでしょ」「これはカレーじゃない」。これはカレーではない、日本料理のおいしい料理だと。だからカレーですらとろみを付けるのに、インドの人はタマネギを使っていた。それを日本の人はメリケン粉を使った。そういったアレンジっていうのものすごい天才なのね。

矢作:日本料理にしても、和菓子にしても、こういうおせんべいにしても、何でも、日本の好むもの、必然的にマーケットリサーチをしているのか。

島:うん。この体の中にあるのか、しみ込んでいるものがね。

矢作:今日は島さんに、このシャツをいただいたときに、私は必然的にオートマティックに、あっ、島さんそれを着るんだったら、私はちょっと下がるように、こういう同じようなテイストの色で、しかも後ろのすてきな着物がちょっと触らないように、とか、空気を考える、自然に。それは多分おもてなしっていうふうに言うと思うんです。多分すべてそういう空気を読むという、つくっているもの自体が、おもてなしに基づいているような気もするんですよね。

島:うん、本当にね。

矢作:つくっているものがね。そこは多分どんな外国に行っても、最初はいいと思っても、そこの根底のところが、ちょっといろんな付き合いをしてみたりすると、ちょっと何かずれているかなっていうか、その辺が国と国ともあるのかなっていう。

島:それと、日本で暮らして、ずっと日本にいた人は、何となく日本に対する不満、もちろん政治のことも含めて当然ある。でもね、外国にちょこちょこ出掛けると、小さな子どもや老人が、夜、外を歩いている。自動販売機が夜使える。こんな国ってまずないでしょう。
世界中、少なくとも僕が回った国ではないでしょう。自動販売機っていったら、壊してお金持っていっちゃう人必ずいっぱいいるし、やっぱり子どもやおばあちゃん、安心して8時、9時、夜、買い物なんか出られない。日本ってやっぱり本当に恵まれた、すばらしい国で、そしてこの四季というのが、冬が寒くて、夏が暑いって、すごいじゃないですか。
大体冬がものすごく寒くて、夏がちょうどいいとか。夏が暑くってたまらないけれども、冬は過ごしやすいとかって、大体こう。

矢作:グレーの中、気候はグレーですよね。

島:そう。だからそこら辺でね、日本っていう国のすばらしさっていうのは、逆に外国行って、外国のすばらしさを知れば知るほど感じる。

矢作:だから1回外国に行ってみると、自分の体質にもよるのかもしれないけれども、どこが日本の良くないところなんだろう。欠けているところなんだろう。しばらくすると、あっ、日本ってすごいなあ。自動販売機、やっぱり夜でも使えるしとか、先ほどおっしゃったように。お酒なんかも、IDカードを見せないと、とか、そういう状況の社会が多いですもんね。バッグなんか置いてよそ見して話していたら、あらっていう。それを置いておくのが悪いでしょうって。日本じゃちょっと考えられない。

島:考えられないですね。

矢作:きっと、教育なんですよね。

島:僕が日本の国際映画祭で司会をずっとやっていたときに、こうやって写真を撮って、カメラをどこかに置いてきちゃったんですよね。僕にしてみればもう世界の監督や女優さんと一緒に撮った写真で。
ものすごい大切なもので、それがどうしても見つからなかったんだけど、あるとき、ふっと思い出して、最初に行ったのあそこだったから、もしかしたらと思って、とある受付に行ったら、「これですか」って出してきて、「ああ、どこにあったか聞いていますか」「いや、何か、道の所に置いてあった」って。そういえば、何か頼まれたとき、どこかに置いて、それでサインしたとか何か話したとか、そのままになった。でも、このカメラがね、出てくる国ってそうはないと思う。とある中東の国に行ったとき、うちの奥さんがちょっと化粧品の入ったポーチ忘れて、飛行機降りて、あっ、いけないと思って戻ってきたときにはもうないですからね。それはもうクオリティがどうとかって問題じゃなくて、もうその時点で文化が違うから、もう置いていった時点でもうその人のもんじゃない。それから、〓キシャ〓の国だから富める者が貧しい人のために何かを与えるっていうことはすばらしいことだって、そういう文化の違いだけれども、でも、その文化って分かるけれども、日本人の僕らとしては、やっぱり出てきたほうがうれしいよね。

矢作:それはそうですよね。

島:お金じゃない、お金でもあるんだけれども。
だから日本のすばらしさっていうのはね、やっぱりもうもっと自信を持っていいんじゃないかなっていう。だからこういう服なんかでも、本当に安心ですよね。違和感なさ過ぎる。

矢作:そうですよね。そう言っていただけると、本当に。私がやろうとしたきっかけっていうのは、やっぱりそういうすばらしいものが、だんだん薄利多売というのが世界中の主流になって、中国もそれで高度成長になったって言っても過言じゃないと思うんですけど、そういう中で、片や、先ほどおっしゃったように、やっぱり人のためにとかっていうふうに一生懸命やっていった文化っていうのが、一緒になってその中でつぶされていくという。それがどうしても切ないなっていう気持ちで。ある意味オープンマインドで、世界中の人に分かってもらえるようなものに変えて、最終的にはこういう着物、ここにはいろんな美とかいろんな意味があると思って、そこにつなげていきたいな。じゃあ何だろうと思ったときに、やっぱり日本人の持っているプライオリティ、それをグローバリゼーションの中で教育も含めてちゃんとやっていく、もうそういう時代なのかな。

だから、島さんが40年間映画をご覧になった、その流れの中で、そこのジェネレーションの中で、アメリカ大好きとか、アメリカ自体も変わっているでしょうし。その中にやっぱり日本人として、いつもその目で見られているのかなっていう。

島:だからね、僕なんかずっとアメリカかぶれして。

矢作:はい、私もそう(笑)。

島:オールディーズが好きで、ウエスタンが好きで。
だから日本の文化って、極端に言えばあまり好きでなかったと思う。

矢作:飽きちゃっているっていうか。

島:もう当たり前すぎてね。
だから今になってね、日本の良さが分かっても、じゃあゆかたで過ごせるか。男性用の着物を着こなせるかっていうと、もうちょっとつらいのよ。
こういうのがあるとね、ものすごくこう、ふっと。

矢作:そこから入り口ですよね。

島:入り口としてね。だから本当に頑張ってもらいたい。さっき言った、つまりプライオリティがどんどん下がっていって、オートメーションになって、薄利多売の世界になるっていう危惧があって、だけど薄利多売、ずっと1,000円の原価で、2,000円で売っていて。でもこの1,000円の原価のものが100円でできたら、今度1,000円で売る会社が出てきて、こっちの会社が駄目になる。どんどん安くなってくると、最後にはもう驚くような値段で売るようになる。そうすると、全部が倒れるはず。

矢作:もちろんそうですね。生活していけないですもの。

島:そうすると、やっぱりプライオリティを保ったところが残っていく。それで倒れなかったところは全部画一化されて、全部同じものになっていく。だから矢作さんみたいな、こういう仕事はもう本当に頑張ってもらいたいし、それを分かってくれる人をね、1人でも2人でも多くつくっていく、そういう責務が、やり始めた以上はあると思う。

矢作:もう楽しくてしょうがないんですけどね。

島:楽しい、苦しくないですか。

矢作:いや、全然苦しくないですね。
今回、Tradition JAPANを会社にしてやっていくわけですけれども、やっぱりいろんな出会いの中で、今回、靴のコンペとかもやったんですが、むしろやることで、こちらのほうが本当にいろんなことを学べるんですよね。
それはやっぱり、こんなに日本の中に一生懸命頑張れる機会っていうのが与えられることもそうだし、返してくれることがあるんだなっていう。そうすると、これを何とかしてやらなければいけない。それは札束じゃなくて、エネルギーとか、御誂えの精神もそうなんですけど、そういった日本人としての何か力っていうものをもらえて、それをどうやって還元してやったらいいんだろうかっていうことを考えているだけなんで、いろいろ考えますよね。だから、人生の帯の中で、いろんな経験をしたことを紡いでいって、これはこれができるって、もうそれを考えた瞬間にわくわくしちゃって、それをやっぱり世の中に、私の場合、世界なんですけど、世界に出してあげたい。世界に出してあげるっていうことを私がしていると、いろんな人たちが、世界に出るっていうことって結構できるんだなっていうふうに思えるんじゃないかって。

島:今の話を聞いてね、ものすごく、あんまり対極的な話になっちゃうんだけれども、生きるということはね、ある種返さなければならない借金みたいなものだと思う。必ず人間死ぬわけだから、生命というものを、もうそれは神様か分からないし、大自然か分からないけれども、返さなければいけない。借りていた借金のようなもの。
その人生の生きるというものを返すときに、自分たちがね、どんな利子を付けて返せるのか。

矢作:そんな感じですね。

島:だから、それが優しさだったり愛であったりすればすばらしいし、それが恨みだったり憎しみだったりしたら、うーん、つらいなと思うのね。
人生終わるときにね、どんな利子を付けて返せるのかなっていうことは、ぼんやりと考えることがありますね。

矢作:消え行く「トキ」が大好きで、この間大量に亡くなりました。でもその数日、昨日、おととい、自然に放鳥したトキが、つがいで卵を産みそうだという。そういうことを聞いていくと、必ず有限のものはなくなってしまうわけですよね。そこにはかなさがあるわけなんだけれども、でも心の中のものというのは、ずっと継承していけるわけですよね。

それがいろんな、先ほど最初に話したハリウッドが、40年代良かった。あの時代は情報がそんなになくて、でもいろんなイマジネーションの中で見えるわけですね。ハリウッドって自由な、もうすばらしい夢のようなっていうのが、だんだん情報がひもとかれてくると。

島:(笑)。

矢作:(笑)こんなことも知っている、あんなことも知っているっていうと、何かそういうふうになっちゃうと、情報よりも心じゃないかって。
それを将来の世界の人たち、子どもたちがアイデンティティとして、ナショナリズムとして持っていくと、もう世界中のありとあらゆる国が全部ばらばらのアイデンティティがあって、文化をお互いに認め合うような。その中にビジネスがあったり、そういうふうにやっていけることが、私の中の理非なのかなっていうふうに思って。

島:そうですね。だから、他人のアイデンティティを面白がれるかどうかということですよね。

矢作:それですね。相当余裕とか、それも小さいころからの教育の中じゃないかな。

島:それがさっき言った余裕であり、ぼかしの余白であり、自信というものだと思うんだよね。
グラデーションの果ては、100%じゃないけど大体余白ですからね。
これをやっぱり日本人としては、大事にしつつね、いろんなものを取り入れていきたいと思う。それで、すばらしさっていうのがいっぱいあって、弊害もあって、日本ぐらいじゃないですか。まち歩いて、日本料理、アメリカの料理、ピザ食べられて、中華料理があって、ベトナム料理があってっていう。
例えば、韓国に行けば、まちは大体韓国料理屋ですよね。アメリカに行けば大体そういう料理。

矢作:自然発生的に、やっぱり日本ってある意味オープンマインドなんですね。

島:(笑)だから、実にオープンマインド、取り入れる力ってね、すごいある。

矢作:ものすごいありますね。でも、最初におっしゃったように、何か確固たる自信がない薄ぼけではなくて、これっていう自信があって。

島:あって、だからそれはやっぱり母である矢作さんね。父である島敏光が、それを子どもたちに伝えられたかどうかっていうことで伝えたという自信はないけれども、少なくともそう思い続けることが最近はできているんで、多少なりともね、ほんの部分でも伝わっているのかなという。

矢作:そうですね。多分そうやって考えながら行動している人間を見る未来の大人が、おお、クールだなあと思えば、教えなくても多分必然的にまねをしていくという感じかなっていう、それが一番いいのかなと思いますね。

島:だから僕らは、言ってみれば小さな日本だから、子どもたちが、ああ、日本駄目だって思っても、またやっぱり日本良かったねと思うように。

矢作:そういうことですよね。

島:きっとそういうふうに思ってくれるはずだし。

矢作:はずですね(笑)。
そうだと思いますし、グローバリゼーションがいいふうな意味で、日本がいいというふうに顧みてくれる、そういう流れになってほしいなと思うんですよ。

島:日本というものを心の中に抱いた上でのグローバリゼーション、世界中のものを取り入れて楽しく生きていけたら最高ですよね。

矢作:そう思います。もう何か、着地点が、すばらしい、きれいに。

島:着地点が見えてきましたね。

矢作:見えてきましたね。グレーとかね、それはどうなのかなって思いましたけど、そこに落ち着きましたって感じで、本当にオープンマインド、いいお話で、ありがとうございました。ためになりました(笑)。
ありがとうございました。

島:僕の好きな小話みたいなところでね、日本人がいて、アメリカの欧米の人たちから「どっちなんだ。イエスなのかノーなのか。イエス・オア・ノー」って突き詰められたとき、「オア」って答えた。

矢作:(笑)。

島:日本人、それでいいんじゃないのかなあ。
オアと答えた。

矢作:ありがとうございました。落ち、着きました。

本日のお相手

島 敏光 (しま としみつ)氏
島 敏光 (しま としみつ)氏
タレント兼ライター

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