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TraditionJAPAN Special Interview – 第4回 丸山 おさむ 氏

TraditionJAPAN Special Interview - 第4回 丸山 おさむ 氏

Tradition Japanは薄れゆく古き良き日本の伝統、しきたりや風習を様々な角度と分野から表現し、守り続けて行く組織です。Tradition JAPAN Special Interviewでは、各方面で活躍されている方々と共に、独自の「日本」について矢作千鶴子と追求していきます。

本日のお相手

丸山 おさむ(まるやま おさむ)氏
丸山 おさむ(まるやま おさむ)氏
声帯模写・歌まね

第四回/対談のお相手は 丸山 おさむ 氏 (まるやま おさむ) 1956年7月26日に上越市で生まれる。高校卒業後に家電メーカーに就職。在職中の1976年に素人新人演芸番組に優勝し芸能界へ。 声帯模写では歌謡声帯模写の元祖、白山雅一さんを師とあおぐ。衣装やメークに頼らず、声だけで勝負するスタイルをかたくなに守っており「マイクやカラオケさえ、なくてもOK」というほど。平成9年度には代表作「モノマネでつづる戦後歌謡史」で文化庁芸術祭演芸部門の優秀賞を受賞、歌まね界では初の快挙となった。

TraditionJAPAN Special Interview - 第4回 丸山 おさむ 氏

矢作:どうも今日は、お忙しい中、ありがとうございます。丸山おさむさんです。丸山さんは、声帯模写、もう何年になりますか。

丸山:もう今年で34年。
おぎゃーと生まれた子がもう34歳。
そんな感じなんですよ(笑)。

矢作:もうその間、あまり会わなかったんですけれども、「ぎんざNOW」という、あれは。

丸山:そう、それからあと「ヤングOh!Oh!」っていう番組。
桂三枝さんとか出てらっしゃった。
さんまさんも出ていた。
そこら辺から出てきたんですよ。

矢作:そうですよね。
その素人の「ぎんざNOW」で、何週勝ち抜いたんでしたっけ。

丸山:「ぎんざNOW」はね、あれ5週勝ち抜くとチャンピオンなんです。
僕は5週目に落ちるんですよ。
落ちたので、ハンダースには入らなかった。
逆にそれが今になってみると良かったのかなあ。
清水アキラさんとか、鈴木末吉さんとか、アゴ勇さんとかね。
ちょうど僕のときは、金造さんという方がね。
僕のちょっと後ぐらいが、竹中直人とか。

矢作:ああ、あの番組からですか。

丸山:ヤング、ぎんざNOWか、あの辺はそうですね。あと柳沢慎吾とか。
その辺が大体同じぐらいの時期ですね。

矢作:そうですね。あれはだから最終目に応援に行ったんでしたかね。

丸山:あれは何週目でしたかね。あれなのかどうなのか。
あともう1つ、やすし・きよしさんがやっていた、「歌まね合戦スターに挑戦 !!」っていうのがあったんですよ。
歌手の方と一般の素人の人が歌まねで対決する。だから1つの楽曲を、同じ曲を同じように歌うと。それから、それが似ているか、似ていないかとか、面白いか、面白くないかっていうのでコンテストがあったんですよ。多分それに応援にいらっしゃった。違う?

矢作:いえ、違います。関根さんがいたんですよ。ですので、ぎんざNOWですね。
もう始まる前に中に入って、関根さんとごあいさつなんかもしていました。
その印象がものすごく強い。

丸山:あとはひょっとしたら、関根さんがいらっしゃるのだったら、テレビ朝日の「ヤングアップ」という番組があった。これは、前田武彦さんと松本ちえこさんが司会をしていて、サブ司会で関根勤さん、ラビット関根ですね。それから、森田日記さんというアイドルの女の子がいたんですよ。僕は、前説という仕事を任されて、裏方の仕事なんですよね。
公開番組だから、お客さんがたくさん入ってきて、ちょっと空気を温めるために。
これが照明でね、これがテレビカメラで、1カメ、2カメ、3カメ、あなたのカメとかってなる。
そういうふうにもうばあーっと盛り上がって。
本番スタート。画面には写らないんだけど、大事な仕事。そのときに、多分公開番組だから、ひょっとして、いらしていたのかも分かんない。

矢作:ですけれども、勝ち抜いたっていうのがありまして、それからずっと活躍なさっていたんでしょうけど、私もちょっといろんな方向で活躍していたので、なかなかお会いできなくてね。
今回お一人のワンマンショーを銀座でなさってましたね。

丸山:そうですね。毎年10年以上もう続けている、「丸山おさむ劇場」っていう形で一人でやっているんですよ。2時間以上。

矢作:そのパワフルなところ。もう丸山さんはもともと私もそうなんですけど、陸上競技ね。
短距離なんですよね。

丸山:しかも郷里が一緒なんですよ。新潟県なんです。
彼女は柏崎のほうでね。
中学のときには日本一になってね。私はそうでもない時代でしたけど。

矢作:日本一じゃない。新潟県の中ではね。
中学校とき記録を出して、そのときには放送陸上というので。

丸山:そうだ、放送陸上ね。同じ日に全国各地で大会をやって、記録を競い合うという大会、今の全中の前の時代ですよね。

矢作:そうですね。だから日本っていう、日本一なんていうのはもう、日本とか、日本で戦うなんていうのはもう夢のまた夢みたいな。そういう、今のようにインターネットもないですしね。

丸山:そうですね。いや、でもそのころから私知っていましたよ。また男子生徒のあこがれの的なの。
もう本当に。もうパッと、僕が忘れもしないのが、中学3年生だと思いましたね。走り幅跳びやっていたでしょ。
200mと。

矢作:200mと(笑)。

丸山:走り幅跳びがまたかっこいいんですよ。すらーっとしててね。
いやいや、もうみんな男子生徒がね、あのころみんなうぶだからさ。
ちょっと遠目に見ながらね、もうすごいかっこいいなあとか言いながらね。

矢作:決してきれいとかじゃなくてかっこいいというところがね。

丸山:いや、それでまたボーイッシュなんだよね。
だからボーイッシュだから女の子のファンも多かった。

矢作:女の子のファンのほうが多かったかもですね。

丸山:うん。それでもう、そのころから僕らの時代のあこがれのマドンナですよ。

矢作:マドンナだったっていうことですかね。まあ、宝塚的な、そういう感じでしょうかね。

丸山:(笑)そうそう。

TraditionJAPAN Special Interview - 第4回 丸山 おさむ 氏

矢作:そういうことで、拝見させていただいたのが大学時代で、今はもうはるか、50を超えてしまいましたが。

丸山:うん、お互いに。

矢作:ですけれども、本当にこの間、銀座のショー劇場を見に行ったときに、もう味があるというか、歴史のヒモがないとなかなかこれはできないなというのは感じました。

丸山:歌まねでつづる戦後歌謡史っていうのをやっていますからね。これもちょっといきさつがありましてね。テレビのほうのものまね番組っていうのは、ビジュアルを重視するもんだから、かつらをかぶったり、いろんなテープを張り付けたりされる。それはそれで非常にいいと思うんだけど、もうちょっと違うやり方がないかなあと思って、いろいろ考えてきたんですよ。

矢作:形態模写というよりも、やっぱり声というのは、耳から入って、目で見るよりもイマジネーションが膨らみますもんね。

丸山:そうですね。あのね、まねっていうのはね、人間が誰でも最初にやる動作なんですね。親のまねするでしょう。
学校へ行ったら先輩のまねとか同級生のまねをして、職場に行ったら、先輩のまた仕事ぶりとかをまねするでしょう。やっぱりこういう洋服なんかでも、カッコイイ人を見ると、ああいう洋服を着たいなあとか、ああいうお着物を着たいなあと思うじゃないですか。
あこがれなんですよ。あこがれからすべてまねって始まるんですよね。

矢作:そうですね。まねされる被写体になる人っていうのは、要するに今おっしゃったように、あこがれなわけですよね。
どうしても自分がその人に近づきたいっていうと、同じものを着たりとかっていう感じですよね。

丸山:そうです、少しでもね。でも、まねの面白さっていうのはね、同じようにやっているんだけども、どうしても本人とは同じにならないですよ。それは全然背格好も違えば、もともとの形が違うんだから、姿形が。
でも、そのずれがまた僕らの仕事としては面白いわけですよ。同じように見せていても、ちょっとずれていると。
よくかっこつけて、例えば、歩いたり、すてきな車に乗っていらっしゃったりするじゃない。でも似合わないなあという人がいるでしょう。
あれは、本人は似合っているつもりでやっているんだろうけど、第三者から見ると、ちょっと違うぞなんていう。それが僕らは仕事として自分で理解しながらやっているんですよ。
僕はいつもね、まねで大事なことを4つ思っている。
それは、まず観察、分析、批評、そして応用。これ陸上競技と同じですよね(笑)。
だからそういうのをまず分析して、観察したりしていくと、一つの形ができて、そのまままねしていくと、何かそっくりだからただのまねで、コピーで終わっちゃうけども、そこにアレンジを加えていくと違ったものになると。
そういうものを僕は大事にして、イマジネーションですよね。生きながらしたいなあ。
そこにとっても深い笑いとかまた付け加えたりしていくと。

矢作:何でしたっけ。

丸山:観察、分析、批評、そして応用。

矢作:その4つに、例えば、日本人の場合は、今、私、着物を着ていますけれども、この空気をつくるときに、今日はちょっと織りの着物を着ました。
織りの着物で、待ち合わせしている人がどういうのを着るのかなあとか、どういう場所に行くのかなあということで、あるいは季節とか、いろんなことを考えながら、そして合わせて着るわけですよね。
ちょっと格式の高いものを着ていって、相手がジャージか何かで来られたらバランスが悪いと。
ということで、お呼ばれしたところのパーティーの大きさとかも考えて。
あと季節感とかね。

丸山:とってもよく分かります。僕ら実は、テレビの方と違うのは、寄せを経験しているんですよ。
寄せっていうのは、大事なのは自分を殺すことなの。
今日の主役は誰だと。例えば、桂歌丸師匠が主役だとか、林家木久扇師匠が主役だというふうになると、決して主役よりも目立っちゃいけないわけです。
かといって、沈み込んで目立たなくても駄目。だからどういうふうにしたらいいか。あともう1つ、僕ら歌謡ショーっていうのをやっていたんですよ。歌謡ショーはメインの五木ひろしさんだとか、北島三郎さんとか、そういう方とご一緒になって僕らが、どんちょう前のときに15分ぐらいお笑いコーナーでやるわけですよね。
歌手の方が何の衣装を着るのか。白を着るのか、赤を着るのか、何を着るのかということを、それを事前に僕らが調べておくんですよ。それで、この方は白をお召しになるというと、白を持っていかない。かぶっちゃうから。
あえて黒を持って行くとか、何かブルーを持って行くとかというふうにするわけ。だから、分からなければ、2着か3着持って行く。
だからあとは無駄になりますけど、それが結局自分を殺すことであり、また自分を生かすことでもある。

矢作:そうですね。ある意味、メインを生かしながら、自分の役割をちゃんと考えておいて、自分を生かす、役割の中で生かすという。

丸山:だから自分の主役の、この間みたいな銀座の会は、自分が主役だから自分がやりたいようにできるわけですけど、やっぱり世の中いろんなお仕事があったり、立場があったりするんで、必ず人とコミュニケーションをとらなければいけないですよね。
そのとき相手のことを思いやって、自分を殺すということがすごく大事。だから今日は僕拝見していて、イメージですよ、何かお茶会にちょっと行くとかね。
それからちょっとお花見に行った後、少しおしゃれなお店に行く、そういう感じですよ。

矢作:もう相手の方が、ストーリーがつくられる。
お洋服だと頑張ったねとか、ブランドものを着てしまうと、もうそれでいくらかなとか、割と広がりが貧困かもしれないですね。よしあしではなくて。
そういう意味で、ご自身がなさっている声帯模写というものも、結局お客さんはどのぐらいの人かなとか、年齢的なものはどうなのかなとか、当然来るお客さんは、何を求めてくるかっていうのは、広告の中に入っているだろうけれども、その辺も多分かみくだきながら。

丸山:事前に僕らリサーチするんです。
例えば、僕らの仕事の中で、営業という仕事がある。営業っていうのは、例えば、分かりやすく言うと、どこどこ会社の何十周年パーティーとか。
何かのご招待会とかね。そうすると、趣旨はそちらなんですよ。
そうすると、そちらの趣旨を分かって、調べて、僕の場合は歴史をたどってくる歌まねですから、その歴史を探るんです。調べるんですね。例えば、この会社の社歴、何年にこの会社ができて、それで何年にこういう商品がヒットしてとか。それからあと、社長さんの生年月日。それから、今一番の今年売り込みたい商品だとか、その辺を全部事前に頭に入れるんです。
それで年代ごとに、必ずヒットした曲がありますから、流行歌、この社長さんが生まれたときにはこの曲で、ご結婚されたときはこうで、この会社立ち上げたときはこうでという曲を全部そこに合わせる。

そうすると、あ、何かうちの会社のことをよく知っているなと。よく丸山さん調べて、しかも、そうそう、そのときの歌だよって。歌っていうのは不思議なもので、その時代に自分の気持ちを戻すんですよね。そういうふうに僕はいつも心掛けてやっているんですよ。

矢作:もう1つの呼ばれたところのショーの中で、もう全員が共通なストーリーが出来上がるわけですよ。空気が、丸山さんの一言で、お歌で。

丸山:そういうことです。だからね、なんでもそうですけど褒めるなんてあるじゃないですか。
僕らのよいしょ。よいしょもやっぱり何かありきたりとか、あけすかしい、分かりやすいようなよいしょだと、もう相手に見透かされちゃうわけですよ。こいつは何かおべんちゃらで言っているなと。そうじゃなくて、よいしょっていうのは、相手の気持ちになってやれというふうに僕ら先輩から教わって。
さりげないよいしょっていうのがあるわけですよ。
例えば、「お若いですね」って女性の方に言うじゃないですか。「今日はおきれいですね」っていうと、女性の方は、「あらっ、昨日もきれいなのよ」とかね。
「あ、昨日はもっときれいじゃない」ですかとかね。

矢作:突っ込みのその答えも。

丸山:「そうそう、昨日よりも今日まだきれいですよ」とかね。いろんな返しがあるから、そのときにどう返されてもいいような、僕らは引き出しをたくさん持っていて、失敗もたくさんしてきたからやってきたんですけどね。だから失敗が今につながっているんですよ。
いっぱい失敗ありましたよ。
例えばね、お祭りの仕事に行ったらね、ステージが鉄板なんですよ。ここでやってくれと言われて。
横にはもう1枚鉄板があって、そこではイカを焼いている。イカの煙がこっちへ来る。もう決まっちゃっているわけですよ。鉄板、ここでやってくれって。まさか鉄板でやると思わないじゃないですか。
そしたら「いや、大丈夫です。丸山さん、火は止めますから」って、そういう問題じゃねえだろうと。仕方ないから上がりますよね。そしたら止められて、「すみません、ちょっと待ってください」「何で?」って言ったら、「鉄板が冷えるまで待って」って言われて、僕はいろんなものを待ったことあるけど、鉄板が冷えるまで待ったの初めてです。
上がるでしょう。「いやあ、今日は暑い日ですね」って言ったら、秋でみんな涼しいんですよ。だけど私が鉄板の余熱で熱かったとかね。これ失敗談なんだけど、後からこういう感じでネタになるわけですよね。

矢作:そうですね、広げられます、ネタになりますね。

丸山:うん。あるいは例えば、ある場所に行ったらね、主催者の方が自ら、「一番トップの方を紹介してくれるから、丸山さん舞台の上で待ってくれ」と。ある農協の理事長さんだった、組合長さん。その方がしゃべって、それがおかしかったんですよ。私が横で待っていたら、組合長ね。「えー、本日は、お集まりをいただきましたが、何分今期は作柄も悪く、あまり収益も上がりませんでした。よって今回は、予算もございませんので、大した芸人は呼べません。はりきって登場していただきましょう。お名前のほうが、えーとね、何だっけ、ああ、そうそう、ご紹介しましょう、丸岡修さんです。どうぞ。」って言われて、それは連合赤軍の犯人だと。
本当に(笑)。だけど、これ実際あった話なんだけどね。だから今どんな企業でも組織でも、その都度その都度の仕事の規模によって、契約社員だとか、パートタイムの方とか、派遣社員で成り立っているのが実情じゃないですか。昔みたいな正社員を置いておくなんてところは少なくなりましたよ。だけど、僕なんかも毎回毎回ね、たった1日の日雇い労働者なんですよ。だけど、それをうまく使いこなすというのも、やっぱり経営者の役割なんですよ。

矢作:今、お伺いしていると、丸山さんがちょっとやっただけで、その方の人柄とか社会の背景とか伝わるんですよね。それは変に誇張していないからだと思うんです。

丸山:悪気はないんだけど、ただ気付かないだけなの。

自分のとこの会社とか、組織のことだけしか考えていない。

矢作:そういう性格がすてきに伝わってくるから。

丸山:(笑)。

矢作:お金がそんなにないんだけど、みんなに何とかしてあげたいっていう、男気もちょっと隠れていて見えたりとかね。
丸山さんの模写は本当にやさしい。

丸山:だからそれは僕らにとってはありがたい話でね、今の2つは、結局、一般社会でいうと失敗談ですよね。
失敗談というのはね、誰が聞いても面白いわけですよ。失敗したことは。
一番面白くないのは自慢ですよね。
「いやあ、今ね、仕事が忙しくて、お金がばかばか入ってきてね」。男性だったら、「ちょっと女房以外に若い子できちゃってさ。ちょっと今日は温泉に行っちゃおうかと思ってんだよ」「今度、車もいいの買っちゃった」なんて言ったら、ひっぱたいてやろうかと思うじゃない。

矢作:そうですよね。


丸山: 寄せというところは、音響はろくな音響がありません。それから、落語家さんたちがもういろんな優れた話術を持った方がおられるし、そういうところに入ってくると、まねの技術もさることながら、つなぎのしゃべりがうまくなるわけ。だから、お洋服でも、お着物でも、メインのお洋服とかお着物も大事だけど、帯だとかいろんなその部分のね。

矢作: 組み合わせね。

丸山:じゅばんだとかね。それが大事じゃないですか。それがちょっと違っているだけで、主役の着物だったり、シャツだったりが死んでしまうときがあるでしょう。だからいかにそのつなぎの部分が、全体トータルとして大事なのかということをやってきたわけですよ。
その4年後に文化省の芸術祭っていうコンテストがあって出るわけです。ある評論家の方が「出てみなよ」っていうから、「いや、無理でしょう」と言ったら、「いやあ、あれはだって、先生、やすし・きよしだとか、春風亭小朝だとか、立川志の輔師匠とかね、そういう名のある方が取っているんだから、私みたいなのは無理でしょう」と言ったら、「いや、あんたの場合は、名前よりも内容があるからね、出てみたらいいじゃないか」って、審査員が東京、大阪合わせて15人いるんですよ。
お笑いの研究している大学の文化人類学の先生だとか、それから、そういう演芸評論家の方だとか、新聞記者で演芸担当の方とかね。そういう方がもう辛口の批評家の方がもうとにかく大勢いらっしゃる。

矢作:そうですね。私のこのTradition JAPANという組織の中は、組織というか、なぜ立ち上げたというところに入っている。
なぜ丸山さんなのかっていうのもあるんですけれども、それはやっぱり日本の良さとは何か。それから失いかけているものは何かっていうことのせめぎ合いだと思うんですけれども、昭和の歌謡史ということでフォーカスを当て、それから今テレビでよく私たちが見るものまねという世界、ジャンルとは違って、細かいディティール、バックボーン、これ全部、着物のさっきお話ししたような、この空気をつくって、それで乗っける模写が良いんですよね。相手の欠点とかがなくてっていう。
昭和の一番の星といえば美空ひばりさんなわけで、「川の流れのように」なんていうのは、彼女の晩年の歌なわけですね。
それがミカン箱の上で歌った、「赤いリンゴ」というところから、またその流れの中で、あの歌を歌われたときは、ちょっとやっぱり日本のいいときの時代が、間がね、空気が。

丸山:だからひばりさんというのは、譜面が読めない人だったの。だけどものすごく音感が優れていた。それは結局子どものころから、やっぱりいろんな部分で鍛え上げられて、晩年ひばりさんは、最初に「悲しき口笛」がヒットするんですけどね。
それを晩年必ず歌うわけですよ。そのときにわざと子どもの声に戻して歌うんですよ。
その時代の声に戻すことによって、その時代の情感とか質感とか思い出がよみがえるだろうと。

矢作:すばらしい表現ですね。

丸山:そうなの。わざとうまく歌えるんですよ。うまく歌えるんだけど、幼稚に、稚拙に歌うことが逆にいいと。
あるじゃないですか。豪華なものよりも、ちょっと素朴なもののほうがいいとかってね。

矢作:本当に私も最近フォーカスし始めたのは、オープンマインドなんですけど、要するに、できるんだけれども、そこに合わせる。日本人の良さでもありますよね。
控えめであり、そして中華料理でも、日本にアレンジして中華風として、風みたいな。

丸山:本当の中国の中華料理じゃないけどね。

矢作:そうですね。ひばりさんも、今もっとうまいんだけど、そのときにこう合わせてっていう、そこがなかなか日本人の良さかなっていうのがあって。

丸山:僕は、だから、1つの歌い方じゃなくて、何種類もひばりさんの歌い方のやっぱりまねを研究したわけ。

だから子どものときだったら、「丘のホテルの赤い灯も、胸のあかりも消えるころ」って。レコードは違うんだよ。
レコードは、「みなと、小雨が、降るように、ふしも悲しい」これは。
だから1つのまねでもね、いろんなやり方があるんです。それを僕らは、寄せだとかいろんな現場で、先輩のものを見たり。あのね、面白くない先輩とか、つまらない芸の方がいるのね。これがまた勉強になるんですよ。
面白い方だけが勉強になるわけじゃない。なぜかっていったら、つまらないのは、つまらないなりに理由があるの。だから足が遅い人は、足が遅いだけの理由があるじゃないですか。
でも、それはなぜかと分かると、ああ、そうか、こうしちゃいけないんだなっていう、反面教師として。
その先輩一生懸命やっていらっしゃるけど、ああ、そうか、こういうところ気付いていらっしゃらないんだなっていうのを客観的に観察して、分析して、批評して、応用すれば自分の形になるわけ。
だからそういう方たちのやつもいっぱい見ました。

優れた方も見まして、それほどでもない方、たくさんいっぱい見ました。だからまずいっぱい見て知ることも必要だしと。
そうすると何かほかの人と違う。僕ね、この言葉が好きなんですよ。
まねのまねでないまねこそ、本当のまね。

矢作:うーん。

丸山:最初はまねから入るんだけど、まねをずっとしていくと、最終的にそこにいろんな部分でその人ができないようなことを加えていく。最初のまねとまったく違うものになる。誰のまねでもなくなる。
だからお着物の着方でも、シャツの着方でも、くつ一つでも、パンツ一つでも、ちょっと組み合わせによっても全然イメージがほら、髪形でも何でも変わるじゃないですか。

矢作:そうなんですよね。それで、結局、例えば、Tradition JAPANって何でやっているの。日本が好きなわけですよ。日本が大好きなわけですよ。着物にかかわらず、日本という、それは母国っていうね、母親の国って母国ですよね。人はやっぱり私たちは勝手に生まれてきたんじゃなくて、母から生まれてきた。父もいますけど。母から生まれてきて、やっぱり母のことを悪く言われるのが嫌なわけですよね。
母国だから、国のことを言われると、やっぱり嫌なわけですよ。でも、どっちかっていうと、ちょっと便利とかいろんな、ちょっとアメリカンナイズなものに心が移るわけですよね。まねして、ちょっとフォーティーズとかそういうのをやってみたいなって。

戻ってくるところがあるからできるわけですよ。
でも、その戻ってくるところに、何かオリジナリティ、先言ったまねのまねでないまね。自分のオリジナリティのものがあると、それは確固たる母国の母というか、それがあるから自分のやりたいことができるっていう。そこの信念が、何か丸山さんのワンマンショーを見に行ったときに、すごくこう、ほかの人は何かに動かされて、ただ走って、それはお金かもしれない。いっているけど、この人は、空気をつくって人のことを考えてやっているところに、これ命をかけているなという、すごく分かりました。

丸山:よくぞ言っていただいた。本当に命は。もうね、見ていてあんな3時間近くの舞台。

矢作:うん、あれはすごかったですね。

丸山:もう死んじゃうんじゃないかと思ったでしょ。

矢作:42.197キロぐらい走っていますもんね。

丸山:(笑)だからね、僕はいつも思うのは、今日で自分の人生が終わるかもしれないと思うとね、あれもやりたい、これもやりたいと思う。でもやるほうもやっぱり体力に限界があるから、限られるんだけど、でもその熱意は、相手に。だから、僕はいつも決して自分を面白いと思わないですし、優れていると思わないんですよ。ただ、何が違うかっていうと、一生懸命っていうだけ。
一生懸命やると、例えば、へたでも一生懸命やれば、ああ、それでやっぱり気持ちが伝わるじゃないですか。だから、どんな人でも一生懸命やれば、その商品を売り込んだりとか、自分のことをPRしたりとか、それが伝わると思うんですよ。

矢作:そうですね。私なりに昭和の、戦後のときのまた美空ひばりさんにかぶるんですけれども、何もなかった時代でも、一生懸命働いていて、赤いリンゴ、要するに、そこに夢があったっていう、あの時代ってみんな多分、一生懸命働いて日本を自分のね。
僕ら子どものころはさ、砂利道で鼻垂らして、食べるものはあまりなくて、ジュースだってほら、粉末のジュースぐらいしかなくてさ。覚えています?

矢作:覚えていますよ。

丸山:榎本健一さん、エノケンさんが、「あら、おや、まあ、ほほいのほいのもう一杯、ほい、あら、渡辺の、ほら、ジュースの素ですもう一杯」サービスだ。「にくいぐらいにうまいんだ。あ、不思議なくらいに安いんだ。あ、オレンジ、パイン、グレープと3つの中からどれでも一杯分たったの5円。うまい、安い、そして驚くほど便利です。渡辺のジュースの素ですにょー」って。

矢作:(笑)。

丸山:リンスもさ、今こうやってポンプでこうやってすーっとつくでしょう。昔はさ、お湯に薄めたじゃん。
薄めてこうやってやったよ。
今ボディだとか、シャンプーだとかさ、あと顔を洗う洗顔とか全部違うけど、昔1つの石けんで全部洗った。
頭から、もう足の先まで。

矢作:そうですね。私たちの時代は、戦後間もない時代じゃないから、それでもね、結構あっけらかんと余裕ありましたね。

丸山:それでも、そういう余裕があったよ。

矢作:戦後、集団就職とか、うちの姉ぐらいかな、7つとか、10個ぐらい上だと、相当いろんなことに対して工夫しなければいけないし、わさもさと子どもがいたから、やっぱり相手のことを配慮しながらとか、隣近所に音を立てないとか、そういう文化がだんだん築いてきて、しかも母国の母を何とかしなければいけないという気風でしたね。
その中の時代を、またどんぴしゃその時代じゃなくても、丸山さんのあれを見ていたときに、すごく、ようしまた何か母国のために頑張んなきゃなっていうような感じも受けたんですよね。
もともとアメリカに行ってからなんですけど、当然好きな、最初の話のはじまりで、アメリカにあこがれる。

丸山:アメリカに行くと、日本の良さが分かるでしょ。

矢作:そうなんですね。

丸山:そうなんですよ。日本にいても、例えば、東京なんていろんなところから集まっていらっしゃるからね。僕らも新潟から出て来るけど、東京の来ると新潟の良さが分かるんだよね。
アメリカに行くと、日本の良さが分かるんですよ。
何だ、アメリカ人がこんなに日本のことを大事にしているのに、われわれは何か随分粗末にしているなと。

矢作:うん。どこを大事にしているかも、これは工夫とか、研究とか、研さんとかあると思うんですけど、彼らは多分、日本をある意味好きであり、脅威に思っているところもあるわけですよ。
日本人って、やっぱり何々風じゃないですけど、空気を読みますから。
本音建前っていうのは、悪い意味だけではなくて、そうやってもう何人も人間がいっぱいいる中で、本音をつくり、建前もつくり、空気をつくり、隣との距離もつくり、そして笑顔もつくり、だから白黒の世界じゃなくて、割とグレーの中に。

丸山:そうだね。白赤じゃなくて、ちょっとピンクっぽいのもあったりね。

矢作:ピンク色っぽいのがあったりするわけですよね。
そこが一生懸命だったから、適当じゃなくて一生懸命だったから、本当にそれが今、これから10年後、20年後の将来の子たちに、何か受け継いでいく、着物の世界もそうなんですけど、そういう意味で私はいろんな方と対談をしながら、着地点がどこか分かんないんだけど、一緒に話ししながら、それをingで毎回毎回つないでいこうというのが、Tradition JAPANの肝なんですけどね。

丸山:僕は本当に30年ぶりにお会いしたんだけれども、第一印象が変わっていないし、逆に良かったですよ。
見てのとおりの男っぽい、男気のあるそういう方ですけどね。それでまたこの商品が、僕、入って来て、和柄をたくさん使っている商品のお店は確かにあります。だけどね、そのこだわりの仕方とセンスがやっぱりすばらしいですよ。
だからこれ僕はね、僕の芸もそうなんですけど、一つもテレビに出ていないんだけど、この間ご覧いただいた、小さい劇場ですけども、人があふれちゃうわけですよ。そうすると、1回来た人が、「ああ、そう、丸山さんの芸、面白いから、この人を連れて行くわ」っていう口コミだけ。

丸山:それから、よく働く方だから、従業員の方が多分、スタッフが見ていますよ。それで、僕らの、特に千鶴子さんとこの田舎では、新潟3区、昔9区、新潟3区。
田中角栄さんがいたからね。あの方の良さって、僕らずっと研究して見たらね、まずこういうことがあった。「満座の中で人を褒め、部下をしかるときには物陰で」。つまり人間っていうのは、どんな立場でもプライドあるわけですよ。
だから、みんな見ているところで褒めてやる。「皆さん、私のように、まあ、大したことはできませんが、以上のことをやってまいりました」っていうことで、ちょっと自分を引きながら、相手を褒めるわけですよ。
だからそういうことをやっていた方だから、あの方、中学しか出ていないし、その代わり、とにかく相手が何を欲しがるか。お金が欲しいのか、地位が欲しいのか、名誉が欲しいのか。そうすると、それを全部暗記して、その関係各所に全部連絡取って、その方がお辞めになったら、今なら多分いけないことだろうかもしれないけど、天下り先を考えてあげたり、その方の家族のことだとか、部下だとかね。
こういう面白い話があって、敵対していた3区の方が落ちたときに、いろいろ何か後で面倒をみたっていう話を聞くと、ああ、なるほど、そういう思いがやっぱり伝わって、だから今までは敵だった人が、後からまた味方になってくるっていうのはよく分かりますよ。

矢作:オープンマインドですよね。

丸山:そうですよね。

矢作:ちょっと似ているかもしれない。罪を憎んで、人を憎まず。
だから、それぞれに良さがあると。Tradition JAPANの中でも、結局Tradition JAPANで文化とかこういうカルチャーを、ここは私たちのこれだ。Tradition KOREAがあったりとか、Tradition SPAINにあったり、そこで一つ一つの。
日本の文化を世界にという。Tradition JAPANの中でもこういった空気を読むとか、そういった、今だんだん薄れていくカルチャーを、日本の良さとして自信を持って世界に行こうという。そういう意味で、まったく同じなんですけどね。
ですけども、本当に丸山さんの芸の中にも、今、大事なところ、働き者だって言っていただきましたけど、やっぱり一生懸命やって何が悪いんだという。これがだんだん自己主義、利己主義、金主義になってくることに、それがグローバリゼーション一緒になって、大事なことが、日本人としての自信を持つ大事なことがだんだん薄れていくような気がしたので。ただ、いいところはたくさんあるんで、これを丸山さんのものまねの一番肝であるいいところをまねしてもらって、そこもね、長所をね。

丸山:欠点ではなく、長所をまねるっていうのが大事に僕はしているもんですから。
みんな優れているんだけど、人は人で、自分は自分でいいじゃないか。だから自分の芯があって、それがぶれなければいいわけですよ。

矢作:ぶれなければいいですね。
でも、空気は、本当に日本の一生懸命時代の空気が、本当これが皆さんに伝わっていけば、私はただ文章に書いたりとか、映画で見せたりとかというものよりも、空気が伝わってきて。
先ほど最初に言った、ものまねですから、声帯模写ですから、いい意味でカリスマ性のある人が、ああ、この人のまねをしたいっていう、そういう日本人が出てくるように、それが本当にネイティブなカルチャーひっ提げてというのが、そういうふうになれたらいいなとも思うし、だから一生懸命やりたいなあと思うし、そんなところなんですよね。

丸山:分かりました。ぜひ、いろいろと日本人の良さを、いろんな事業とか商品を通しながら広めていってください。僕も微力ながらお手伝いしますので。

矢作:はい、ありがとうございます。またそういう方がいらっしゃいましたら、ぜひご紹介していただきながら広げていきたいなと。

丸山:そうですね。

矢作:今日はたくさんの有名人の方を、あの世からとか、この世からとか。
(笑)ありがとうございます。いろいろゲストをお呼びしたような気持ちになって、空気が本当に日本の空気になりました。どうもありがとうございました。

丸山:頑張ってください。ぜひまた皆さん、よくこのコーナーを見てやってください。ありがとうございました。

矢作:ありがとうございました。

本日のお相手

丸山 おさむ(まるやま おさむ)氏
丸山 おさむ(まるやま おさむ)氏
声帯模写・歌まね

第四回/対談のお相手は 丸山 おさむ 氏 (まるやま おさむ) 1956年7月26日に上越市で生まれる。高校卒業後に家電メーカーに就職。在職中の1976年に素人新人演芸番組に優勝し芸能界へ。 声帯模写では歌謡声帯模写の元祖、白山雅一さんを師とあおぐ。衣装やメークに頼らず、声だけで勝負するスタイルをかたくなに守っており「マイクやカラオケさえ、なくてもOK」というほど。平成9年度には代表作「モノマネでつづる戦後歌謡史」で文化庁芸術祭演芸部門の優秀賞を受賞、歌まね界では初の快挙となった。

TraditionJAPAN Special Interview - 第4回 丸山 おさむ 氏
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第一回 日出ずる国の日本の美 表彰式『シューズグランプリ発表』   Japanese Beauty Grand Prize

TraditionJAPAN Special Interview – 第5回 松井 完太郎 氏

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