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TraditionJAPAN Special Interview – 第5回 松井 完太郎 氏

松井 完太郎 (まつい かんたろう)氏

本日のお相手

松井 完太郎 (まつい かんたろう)氏
松井 完太郎 (まつい かんたろう)氏
国際武道大学 国際スポーツ文化学科 教授 /入試・広報センター長

第五回/対談のお相手は 松井 完太郎 氏 (まつい かんたろう) 国際武道大学 国際スポーツ文化学科 教授 /入試・広報センター長 国際武道大学 空手道部部長 国際障害者武道協会 理事長 <研究論文・著書> ■公共スポーツ施設の指定管理者制度の現状に 関する研究 ■海外に於ける障害者武道普及の可能性 ■武道・スポーツを通じた国際交流における マネジメントの研究 ■ 『Budo Perspectives』 ■『日本の教育に“武道”を -21世紀に心技体を鍛える-』

矢作:本日は、国際武道大学の松井先生にお越しいただきました。楽しみにしておりました。

松井:よろしくお願いします。

矢作:よろしくお願いします。私の旧友で日本最初のプロスケートボーダーであるアキ秋山さんが松井先生の授業で特別講師をしたという話を聞いて。彼はスケートボード界では、レジェンドと言われているらしいですね。国際武道大学の授業にスケートボードというのは、簡単に結びつかないのですが。

松井:そうですね。スケートボードを、スケートボー道と書くという人もいますが(笑)。一時2012年ロンドンオリンピックからスケートボードがオリンピック種目になるという話がありました。
街中でスケードボードをやっている青年に「オリンピック種目になる可能性があるんだけど、どう思う?」と聞くと、「スケートボードがオリンピック種目になったら終わりです。スケートボードはスポーツなんかじゃない。ライフスタイルなんです」という答えがほとんど。これは武道と非常に似ている。国際武道大学の剣道部員に「剣道がオリンピック種目になることをどう思う?」と聞くと「剣道はオリンピック種目になったらだめです。剣道は武道なんです」という答えがほとんどでしょう。まずここがスケートボードと武道が近い第一の点です。
武道をやっている人たちは、スポーツを下に見る傾向が少なからずある。「スポーツなんかに成り下がったら武道は終わりだ」というような発言をしてしまったりする。もちろんスケートボードも下に見てしまう。
そこから、武道の堕落が始まると私は思っていて、そういうことを学ぶためにスケートボードを使っている側面があります。もちろん、もともとスケートボードには興味がありました。体の使い方が武道に通じる面がありますし、精神性も、スケートボードの方がよっぽど「真剣勝負」ですね。竹刀を使った稽古より、バンクからドロップインすることのほうが、より死を感じると思います。

矢作:そうですね。

松井:スケートボードをマイナースポーツと位置づけて、そのマネジメントを秋山さんにお話し頂きましたが、実は武道もマイナーなんです。同じ世代の人口の中で、実はやっているのは数パーセント。マイノリティ=少数派なんですね。そこも共通性がある。お互いに、実は近いということに気が付くと、お互いの世界が広がるような気がしています。

矢作:なるほど、武道から言えば「スケートボードごとき」と言うか、お互いに真逆の存在と思いつつも、同じようなこだわりを持っているということですよね。
 
松井:生き方全体に通じた「こだわり」という意味で、共通していますね。その表現の方法とか、対応が一見違うように見えるんですが、実はすごく共通しているんではないかと、私は思いますね。

矢作:「こだわり」ですね。それが垣根というか、カテゴリの中でこだわってオープンでない、外に流出させない自己完結的な感じを強く受けますが。

松井:そうですね。立てこもる必要は無いのに、立てこもる。よく伝統とかっていう話になって、武道の歴史という話になるんですが、実は丁寧に調べると、直接の原型は最近だったりする。非常に脆弱な部分だと思います。

矢作:一方、スケートボードは、トリック1つ決めるのにもレベルに応じて命も賭けざるを得ない。オンザヘッジのところにいる。そういう点では、真剣を持って切り合うというような意味での武道性が高いですよね。

松井:そうですね。精神的にはスケートボードの方が武道より実は先いっちゃっているんじゃないのかと感じますね。ある意味、くやしいなあと。

矢作:枠の中に生きるという点では、様々な意見があって、枠の中か外かの議論も活発であるように思います。たとえば「一本が柔道の本質だからポイント制の柔道ではなくJUDOだ」という形で枠をつくる場合があると思いますが。

松井:そういう柔道批判をする人は、多分柔道以外の武道をなさる方に多いように感じます。柔道で金メダルを取るというのは、柔道の全部ではないんです。柔道の一部である試合をするには一定のルールのもとでやるしかない。一度ルールが決まれば、勝つという目的を達成する為にルールないで工夫し努力する。懸命になるのをわれわれは否定できない。様々なことを犠牲にしながら努力する姿に、われわれは勇気付けられる。

矢作:先生はよく。「オープンマインド」ということを仰っていますが、先生のなさっている障害者武道に関する活動と絡めてご説明頂けますか。

松井:本当は「オープンマインド」なんて外来語ではなく表現したいんですが、訳せない言葉だと思っています。
障害者武道に関する活動は、千鶴子さんの母校に武道・徳育研究所というのがありまして、そこの所長の中島先生にも協力していただきながら活動をしています。障害者が武道をするのが盛んなスウェーデンから指導者を招いたときに、毎回講習会の最初に彼らが言うのが「今日の講習会で一番重要なことはビックスマイル、ビックハート、そしてオープンマインドだ」ということなんです。
ビックハート=広い心と、オープンマインドは区別されています。すなわち、オープンマインドは、単に受け入れる広い心という意味ではない。そうではなくて、自分の思い込みを否定するような心持ちに近いものだと思うんです。
科学者が、自分の理論をきちんと突き放して検証し直したり、反証可能性を常に意識しながら議論したりする態度にすごく近いものだと思います。ですから、うまく英語から日本語にはしにくいんですね。
私にとっては「オープンマインド」が、常に自分に対する戒めの言葉になっているんです。

矢作:すばらしい、深いと思います。
私は着物が好きで、今回着物の新しい本を書きました。歴史をさかのぼって着物の起源を調べていくと、朝鮮ですとか、中国とかインドとか、いろんな国からの影響を受けていることがわかります。

しかし、遣唐使を廃止し、ある意味で遮断をした中で、日本の国ぶりが、日本独自なものになっていっています。最初は朝鮮の服に非常に似通っていたものが、十二単あたりから独自性を獲得していきます。異なるものを否定するのではなく、取り入れて独自のものをつくる。やはり日本人は、そもそもオープンマインドだったと思うんです。抵抗なく自分たち風にしていく能力があると思うんです。

松井:そうですね。この間、ご著書の『御誂え』を長女にいただきました。そこで解説されている色にしても、われわれどうしても独自の色と思ってしまう。
随分昔、NHKで雅楽の歴史という番組を見たときに、朝鮮半島での似たようなもの、中国での似たようなものと比較すると、色が明らかに日本に来るにしたがってあせていっている感じがしたんですね。
どれが本物、偽物ということではなく、その中にわれわれの美的センスがあるという感じがするんです。派手な色でなく、何か奥ゆかしさを感じる色。それをグラデーションと表現してもいいのかもしれませんけど、色とかそういうものに実は際がないんではないかと感じます。日本人はそういう際を持たない独自の美的センスがあるという感じが本当しますね。

矢作:そうですね、共通なことがたくさんありますね。

松井:もともと日本には、黒、白、青、赤、しかなったと言われる。緑色の信号も青信号と表現するし、ダイダイでも赤く、と言ったりする。だけど、それだけではない中間色があるから様々な表現を手に入れてきたのだと思うんですね。

矢作:そうですね。自然からたくさん表現を得ている。例えば、稲刈りをしているときの稲穂の色、周辺の色を、合わせて、意味や名前の意味も合わせて、まとうことができる。まとうことができる。そういうDNAというか才能を持っているんではないと思います。

松井:NHK で相撲中継を担当していたアナウンサーの方から聞いたのですが、ラジオ放送でまわしの色を表現するために、色見本を徹底的に覚えるんだそうです。ラジオを聞いている人が、中継でその色の名を聞いたときにイメージできるとしたら、それはすごいなあと感じます。
だから、今、雅楽だとか相撲の話ししましたけど、次の世代にも引き継がれている。私の世代でいくと荒井由美。

矢作:ニューミュージックとかですね。

松井:はい。「あい色が群青になり、薄暮が紫になると。やがてふるさとはしじまの中に輝き出す」なんていう歌詞を聞くと、それだけで情景が浮かぶんですね。浮かんだ情景は、必ずしも薄暮や紫だけではなく、その中間の色が変わっていって、最後に輝いて日が沈んでいく全てを想像できるのは、すごいと思うんですね。それは多分今も受け継がれていて、われわれって際がないところに特徴があると感じます。

矢作:際がないというのが、寛容なオープンマインドの基礎。すなわち昨日はAと言ったけど、今日はBと言ってもいいというような土壌がある。その辺にも共通を感じます。

松井:そんな感じはしますね。例えば、絵にしても、日本の絵は際が無い。ふすま絵は2枚で1組なのか、4枚じゃないと1枚と言えないのか。もっと枠を超えた、外までも表現する。

矢作:そうなんですよね。

松井:映画撮る人がよく、こういうふうにやって切ったりしてやりますけど、切りながらも周りも全部表現するようなものがあるのかなあと。今おっしゃった昨日Aと言って、今日Bと言っていいのかっていう話でいくと、実は柔道の嘉納治五郎先生はよく言うことが変わったという話があります。
でもそれは、教育者、嘉納治五郎が、常に自分の言ったことを検証しながら、発展させていったということだと思うんですね。女性の弟子が、「先生、言うことが違っています」と言ったら、「当たり前だろう」とおっしゃったそうです。常に進歩していたのでしょう。
武道の世界では時々正しい何々、正しい剣道だとか、正しい空手道という言い方に出会います。その表現自体を私は否定をしませんけれども、しかし過去に完成された形があって、その正しい伝承というイメージを持つのか、武道も発展し続けていてというイメージを持つかには、決定的な違いがあります。

『日本辺境論』(内田樹)に、「日本文化とは何か、というのは、問いでしか存在しないのだ」ということが書かれています。何か完成形があるのではなくて、問いとして存在するのだ。なぜならば、われわれは自分を中心に文明が発展したとか、そういう経験を持たない。辺境にいる。中華、真ん中の華だなんて言ってはばからない文化の周りにいて、自分たちの文化を形成してきた。

学生も外国へ行って、日本文化を紹介しようということで習字とかみせるわけです。名前を聞いて「鬼夜沙林(キャサリン)」なんて書いてやっている。「それって日本文化なの? 漢字って中国のじゃなかったっけ?」というと急に揺らいだりする。

矢作:(笑)。

松井:それは十分に、われわれの文化だと私は思います。確かに運動としては独自性を出すのに朝鮮半島では漢字を放棄するとか、ベトナムでもフランスによる植民地支配に直接原因がありますが、漢字をなくして、全部ローマ字表記。日本でもローマ字化運動があったわけです。

矢作:そこにこだわりがあるわけですね。

松井:ハングルこそがわれわれの文化であるというふうな立場もすごく分かるし、日本国内でも実際に有名な著名な先生方がずっと昔からローマ字化運動にかかわっているわけです。われわれはそのすべてのものを、自分のものにしてしまう強さがあるんだろうと思うんです。

矢作:うれしいですよね。

松井:だから矢作さんの作品もそうですよね。形としては、西洋、ウエスタンスタイルなんでしょうけれども、でも作品にわれわれは十分日本を感じる。

矢作:どきどきしちゃうぐらいに感じますね。

松井:どんどん時代とともに変わっていくということだと思います。

矢作:日本の美しさは何だろうということを現在進行形=ingで突き進めていくために、 Tradition JAPANを立ち上げたわけです。それで、具現化するデザインを表現しているんです。そこですごく感じるのは、一所懸命に作業をするということの重要性です。ここに心を打つ日本の美があると感じるわけです。

松井:本当にそうだと思います。司馬遼太郎が日本人は、技術が大好きで、技術を尊敬すると言っています。それが周辺国と比べて特徴と言えると。作業に対する一所懸命さ、細部へのこだわり、丁寧な仕事を目指し、尊敬する。技を持っている人をカリスマ何々といい、何々の鉄人と呼ぶ。
彼らが使っているプロフェッショナル道具にもすごく興味を持つ。テレビ番組でも扱う。プロフェッショナルの道具にすべての姿勢が体現されることを日本人は感ずる。
例えば、消防署に行くと、ポンプ車のホース接合部分が顔が映るぐらいピカピカに磨き上げられている。火を消す性能に全然関係ないんだけど、磨き上げられていることが「おれたちはalways ready」だとか、「いつ何時でも命賭けて助けるぞ」という姿勢を表現するものであると思います。
どんどん広がっていく。技術っていうのが技でありながら、それ自体が精神性というか、そういうものと混然一体となって進んでいく。
そこにも実は「際(きわ)」がない。だから議論が技と精神が何となくぐちゃぐちゃになる。精神論だけが先にいっちゃったりする。「違うよ、技も重要」と綱引きをしている状況だと思います。

 ・・・・ 話題転換・・・・ 

矢作:カンボジアに、国際武道大学の学生たちを送り込んで、学校に日本の体育授業を輸出する活動をなさっているそうですが。

松井:はい。やっと国連も気付いてくれて。読み書きそろばんを教育すれば、途上国が経済的に発展するという期待は敗れました。カンボジアに行けば気が付くのですが、子どもたちにチームワークがない。
わらわらと絵はがきか何か持って、「買って、買って」とくるわけです。「はい」と言って1ドル渡すと、わらわらわらと逃げていくわけです。そこにはジャイアンがいないわけですね。「おい、おまえら、あの観光客にジュースを売ってもうけるぞ。おまえ、机持って来い。おまえ、客を呼んで来い。おまえ、カップ集めろ」みたいな、そういうチームワークは皆無なんですね。
やっぱり体育ってすごく重要だなと感じます。国連もやっと体育年というのをつくって、途上国での体育教育に力を入れ始めた。健康の問題もあるんですけど、体育、スポーツは途上国の経済人をつくる力をもっているんです。子どもたちにチームワークを技術としても教える。

矢作:ソーシャルも入ってきますよね。

松井:そうですね。そういう活動をやろうと、学生たちと一緒に、もう今年で6年目になりました。

矢作:読み書きそろばん、決して否定するわけではないけれども、その前にソーシャルを知るために、スポーツは本当に分かりやすい。楽しみながら、他者に配慮し、勝利も思考する。非常に奥深いエデュケーションだなと思いますね。

松井:本当に楽しい作業でもあるし、この部分こそがお金と時間がかかるんです。

矢作:私は女子高校の体育の教師をやっていました。カンボジアの話を危機ながら、走り高跳の指導をした時のことを思い出したんです。走り高跳びが好きな女子高生なんて、せいぜい10%ぐらいしかいないんですよ。

松井:はい。

矢作:そこで当時、正面跳びかベリーロールだったのを、背面跳びを教えたんです。25、6年前です。私自身が陸上競技部の生徒から教わって、大体1時間でマスターできたんです。これならを生徒達に教えても大丈夫だろう、成功するだろうと感じました。何に成功するかというと人生においてと思ったんです。生徒達に成功体験を積ませられると。
案の定、2時間目から、早めに体育館に集まって練習をしているんですよ。日本人の特有な、やる気を起こして、技習得にチャレンジしていく姿とかさなりました。

松井:走り高跳びの授業が、ある意味、道、生き方に通じる。

矢作:通じていたんですよ。

松井:そうことですよね。走り高跳びの技術の進歩は興味深いです。つまり挟み跳びからベリーロールの時代になっても、はさみ跳びしかできず、ベリーロールがうまくできない選手がいた。「おまえ三段跳びに行け」とコーチに言われたその選手が奮起して練習する。はさみ跳びをしながら腰をチョと上げて。それが背面跳びになっていく。つまりあの技術革新って、積み重ねで起こったものではなく、新しい技術に取り残された選手がパッと開発したわけですね。

矢作:そうですね。私も感動したストーリーです。女子高生たちも同じ体験をしたと思うんですよ。いつも跳ばないで、ずるして後ろに回って跳んだふりして、というような生徒たちが、われ先に行くわけですよ。そこには、技術をマスターするという自分への挑戦をしてくれたんですね。
だ教師としては、普通は何メーター跳べたかで5段階つけるんでしょうけど、なかなかつけられなかった。生徒達も「先生ありがとう」みたいな雰囲気だったですね。

松井:チャレンジが、自分が時代とか社会に対して責任を負っているという実感につながる。文句言うだけじゃなくて、世界を担っているのがおまえだ、変えないのもおまえの責任という感覚ですね。
社会を動かしている実感がなかったのが、ツイッターが出てきて、ユーストリームが出てきて、どんどん変わっている。21世紀が10年たってやっとやって来たとすごく感じる。インターネットを通じて、高校生がすごく有名な、手の届かないと思った人にパッとつながるわけですね。

矢作:そうですね。

松井:本当に大きな変革です。
カンボジアに行っている学生たちは、「2048年のインドニューデリーオリンピックを、孫をひざの上に乗せて見ながら、『あのカンボジア選手すごいだろ。あの礎をじいちゃん、ばあちゃんつくったんだぞ』と話してやる」という物語を共有している。
そして、カンボジアでコーンを使ってドリブル練習を始めるわけですね。むちじゃなくて笛を持って体育の授業とか始めるわけです。それがカンボジア全土に広がっていく。
時代、世界に対する有効感覚が芽生える。見えてくるんです。

矢作:見えてきますね。

松井:この後、就く仕事の中に、時代、社会に対する使命が見えてくる。だからそれが道になるんだろうなあと思いますね。

矢作:私たちの身の回りに起こること、政治も含めてなんですけれども、私は温故知新という言葉がやっぱり好きなんです。温故知新も一つオープンマインドかな、と思うんですが。

松井:そうですね。古いから駄目だということでは、もちろんない。
私と矢作さんとは同じ戦いをしているが、背中合わせに世界と対峙しているという感覚があります。私が戦う現場は、古いものとか、伝統が絶対だかという人が多い現場です。
時代が変化しているので、それが通用した前提というのを見極めるという作業がすごく重要になってきています。変化は悪いことじゃなくて、変化の時代なのでそうなんだと説得しないといけない。その上で、でもお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、いや、もっと昔の人たちが行ってきたそのことが、現代に生きるということを見極める作業というのがすごく問われているところだと思っているんですね。

矢作:そうですね。

松井:もちろん全部否定なんていうのはおかしな話で、でもそれを消えてしまったからといって嘆く話でもないし、また復活もあるでしょう。でも時代の状況、この大変革の中では、前提が通用しなくなる。高度成長期、人口が6,000万人から1億2,000万人に上がってきた時代と、これから下がっていく時代では、前提が違っているところがある。だからそれを見極める能力っていうのが必要だな。温故知新の中の、温める部分ですね。
温める技術っていうのが問われているなっていう感じです。

矢作:自分のたかだか数十年の人生だけではなくて、自分たち引き継いだ、自分たちが生まれる前から伝統と、状況の変化に合わせて新しく変化するものを次の世代に伝えていく、というのは素晴らしい活動だと思っています。

松井:そうですね。希望に満ちていますね。

矢作:私もお話を伺って、希望に満ちてきました(笑)。

松井:わくわくするなあという感じですね。

矢作:この活動は、本当にオープンマインドに、いろんなジャンルの方々からお話を伺いながら、寛容に受け止めつつ、走りながら、ingでつくり上げていく。そういうきっかけをいただいたような気がいたします。

松井:多分またこの対談が終わった時点で、われわれは考え方がさらに変わっているんだと思いますけど(笑)。

矢作:(笑)そういうことですよね。

松井:ありがとうございました。楽しかったです。

矢作:お越しいただきまして、ありがとうございました。

本日のお相手

松井 完太郎 (まつい かんたろう)氏
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第五回/対談のお相手は 松井 完太郎 氏 (まつい かんたろう) 国際武道大学 国際スポーツ文化学科 教授 /入試・広報センター長 国際武道大学 空手道部部長 国際障害者武道協会 理事長 <研究論文・著書> ■公共スポーツ施設の指定管理者制度の現状に 関する研究 ■海外に於ける障害者武道普及の可能性 ■武道・スポーツを通じた国際交流における マネジメントの研究 ■ 『Budo Perspectives』 ■『日本の教育に“武道”を -21世紀に心技体を鍛える-』

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