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TraditionJAPAN Special Interview – 第7回 杉山 明美 氏

TraditionJAPAN Special Interview - 第7回 杉山 明美 氏

本日のお相手

杉山 明美(すぎやま あけみ)氏
杉山 明美(すぎやま あけみ)氏
元バレーボール選手、スポーツコメンテーター、ヘルスコーディネーター

第七回/対談のお相手は 杉山 明美 (すぎやま あけみ)氏
日本の元バレーボール選手、スポーツコメンテーター、ヘルスコーディネーター。
神奈川県平塚市出身。
中学時代にバレーボールを始め、神奈川県立五領ヶ台高等学校で頭角を現した。東海大学時代の1985年、神戸ユニバーシアード優勝、関東大学1部春季リーグ優勝に貢献。 1987年日本電気に入社し、1年目からレギュラー獲得。第21回日本リーグではスパイク賞を獲得した。1988年全日本に初選出。同年開催のソウル五輪に出場。1997年第3回Vリーグ優勝を最後に現役引退。1998年まで後進の指導などに当たり、その後社業専念。2001年退社。 現在はNHKのVリーグ中継解説者、分子整合栄養医学管理士として栄養療法のヘルスコーディネーターとして活動。 また2006年4月より、法政大学非常勤講師を務める。

<所属チーム履歴>
■神奈川県立五領ヶ台高等学校→東海大学→日本電気(NECレッドロケッツ)(1987-1997年) ■全日本代表 – 1988-1989年、1991年

<全日本代表としての主な国際大会出場歴>
■オリンピック – 1988年 ■ワールドカップ – 1989年

<受賞歴>
■1987年 - 第21回日本リーグ スパイク賞、ベスト6
■1989年 - 第23回日本リーグ スパイク賞

矢作:元ソウルオリンピックの代表選手でありました、杉山明美さんです。本日はありがとうございます。

杉山:よろしくお願いします。

矢作:いろいろお聞きしたいと思います。

杉山:はい。

矢作:ソウルオリンピックというと何年前になりますかね。

杉山:もうかれこれ20年前です。1988年ですね。

矢作:88年。そのころのバレーボールというと、私はもうかれこれ相当前の「ミュンヘンへの道」なんて小さいころよく見ていたんですが、あのころから、その前の東洋の魔女の時代からバレーボールは、どちらかというと日本の中では大人気なスポーツ。

杉山:そうですね。

矢作:始められたきっかけというのは。

杉山:始めたのは、中学生のときに何かスポーツしようと思ったんですよ。私、今では大きいですけど、小学校のときに細くてちっちゃかったんですよ。小さくて力もないので、いろんなスポーツチャレンジしてみたかったんですけど、体力もなくてバスケットも走れないし、テニス打とうと思うとボールに持って行かれちゃうし(笑)。といってバレーボールだったら、技術つけたら何とかなるかなと思って、当時、アタック№1やっていて人気ですよね。

矢作:そうですね、あれもありましたものね。

杉山:そう、すごい人気あったので、みんな行くから、じゃあ一緒にバレー部入ってみようかみたいな、そういうノリですよね。

矢作:じゃあ何人かのお友達と誘い合いながら、という感じですか。

杉山:そうです。何か運動してみよう、何かしたかったんですよね。私、神奈川県の平塚というとこ出身なんですけど、当時はそんなにスポーツ盛んじゃなかったんですよね。子どもの小学生のバレーボールチームがあって、地域でバレーボール大会みたいなのいっぱいやっていてとかという感じじゃなかったんですよね。

矢作:うん。

杉山:なので、みんな中学校行ってはじめて運動をやってという感じだったので。

矢作:そうなんですか。

杉山:ええ。学校入って、クラブ活動に入ったということです。

矢作:そうですか。どうでした(笑)。その体力が、テニスのラケットに持って行かれちゃうような体力の中で。

杉山:体力も何も、1年生はもうトレーニング、3年生が試合に出るっていう。

矢作:基礎体力から入っていくから。

杉山:入っていって、強いチームって、やっぱり1年生の例えば素質があったら、少しずつ練習をさせてとかってやるじゃないですか。

矢作:うん。

杉山:チーム自体がものすごく弱かったんです。地区1回戦とか、2回戦とか、そんな感じだったので、1年生は雑用と何かトレーニングって(笑)。上の人が練習ができてって、試合出るのは3年生って、もう決まっているみたいな感じだったんですね。

矢作:うん。

杉山:だから球拾いしながらトレーニングしていてみたいな。でも今思ってみれば、上級生が下級生に練習を教えてくれるんですよ。

矢作:ええ。

杉山:今、子どもたちに技術的な指導をするときありますけど、教えてもらった技術ってまったく逆のことを教えてもらっていて(笑)今考えるとめちゃめちゃですよね。

矢作:うん。

杉山:だから当時は、それなりにやっていたんですかね。

矢作:そうですか。

杉山:別に厳しいところでやっていたわけじゃなくて。

矢作:でも何かやりたいっていう気持ちが、そこでちょっとずつ、ちょっとずつ達成されていくみたいな、そんな感じですかね。

杉山:そうですね。でもほかに何か夢中になるものもなかったので、何かやっていて楽しいなあ。できないことが多分できるようになるっていうのが。

矢作:日々ね。

杉山:そう、それが多分一番面白いんですよね。海に行って遊ぶとか、ゲームして遊ぶっていう面白さよりも、できないことができるようになることに結構夢中になったんだと思うんですよね。多分いまだにそれが続いているというか、それが面白い。

矢作:もともと素質とすれば、ステップアップするって、インプルブするというのを非常に好むというか、そういう生き方なさっているんでしょうね。

杉山:そうですね。そういうことが、単純に多分好きなんだと思うんですよね。変わっていく自分を見ていくのが面白いっていうか、興味?

矢作:昨日よりも今日、今日よりも明日っていう、変わっていく自分ですよね。

杉山:興味があるんだと思うんですよね。

矢作:面白い表現ですよね。興味ある。自分が変わっていくのが興味あるって。確かにそういうところ皆さんお持ちだと思うのですが。

杉山:そうですね。でも多分この興味がすごく深くなったのは、多分バレーボールを続けていた中で挫折とかあるじゃないですか。

矢作:はい。

杉山:実業団に行ったときに、リーダーシップのこと、ものすごく要求されたんですけど、まったくできなかったわけですよ。できないまま結局8年ぐらいたったんですけど、そこから自分のリーダーシップを見つけ出していくときに、人間って絶対できないって思っていることが、自分が一番不得意だって思っていることが、案外こんなきっかけでできるようになったりするんだってびっくりしたときですよね。

矢作:うん。

杉山:あのときは多分人生の中で、今までは駄目、できないことはできないと思っていたのが、考え方がひっくり返ったときだったんですよね。

矢作:うん。

杉山:それを体験しているからかもしれないですね。

矢作:うん。それは実業団に入られてからということになるんですね。

杉山:そうです。実業団。

矢作:今からだと何年前になるんですか。

杉山:もうでも気が付いたのは、ひっくり返ったのは15年ぐらい前ですかね。

矢作:なるほどね、15年前。

杉山:うん。

矢作:そうすると中学校のときにバレーボールに入って、体、小さかったっておっしゃられましたけど、それもうぐんぐんと大きくなっていくんですか。

杉山:(笑)ぐんぐん伸びたんですよ。

矢作:ぐんぐんと。

杉山:中学校2年のときに私10センチちょっと伸びたんです。

矢作:ひざが痛くなったりとか。

杉山:それがならなかった(笑)。

矢作:ナチュラルにぬーっと大きくなったっていう感じですかね。

杉山:奇跡ですよね。だから多分、強い中学校に入っていてしごかれていたら絶対痛くなったと思うんですよね。球拾いしていただけなので(笑)。

矢作:楽しいなあ、昨日より今日みたいな感じできていって、気付いたら160いくつぐらいになっていたんですか。

杉山:いや、卒業するときは、もう171になったと思うんですよね。だから148か149ぐらいで入っているんですよ。すごいですよね(笑)。

矢作:なんか浦島太郎が、ぱっとやったら急におじいちゃんなったような、入学してから卒業するときにびっくりしちゃいますね。

杉山:入学するときなんか、前から3番目か4番目にいて、卒業するときには、並んでいるときに一番後ろにいたんですよね(笑)。

矢作:信じられないですよね。

杉山:そうなんです。でも高校も普通にバレーボール、スカウティングで行ったんじゃなくて、もう普通の弱い高校に行ったんですよ(笑)。

矢作:不思議ですね。そこで、どこで実業団に、それは高校でじゃあ随分強くしたっていう感じ。

杉山:高校がこれもまた、今に思うと運命だなって思うんですけど、高校ものすごい弱かったわけですよ(笑)。雨が降ったら今日は休もうよみたいな、やめちゃおう、やめちゃおう(笑)。

矢作:アットホームみたいな(笑)。

杉山:それが高校2年生の途中から、バレーボールをすごい頑張ってこられた先生が新任で来られて、「おれがバレー部見るから」みたいな。

矢作:燃えたわけですね。

杉山:燃えている先生が、若い先生が来るわけですよ。

矢作:はい。

杉山:私たちは、学校自体は新設高校だったんで、当時、平塚の地区で割とバレーボールを盛んにやっていた人たちが、新しい学校にみんな興味があって集まっていたんですね。人はたくさんいたんですよね。そこに先生が来られて、頑張ってチームをつくるわけですよ。

矢作:ええ。

杉山:もう中学校時代すごい有名な選手たちが、1人いなくなって、2人いなくなって、どんどん辞めていっちゃったんですね。

矢作:うん。

杉山:結局6人ぐらいが残って、その選手で最後3年の終わりまでやったんですけど、その先生の紹介っていうか、その先生が卒業された大学が同じ平塚の地区だったので、そのまま大学で行ったらどうみたいな話があって大学に行ったんですよ。そこからもう本格的に。

矢作:そうなんですか。

杉山:うん。

矢作:大学はどちらだったんですか。

杉山:東海大学の体育学部入ったんですけど。

矢作:そうなんですか。

杉山:これが多分もっと違う大学で、しごいてっていうところだったら、私みたいな素人が行ったら、多分つぶれていたと思うんですよ。

矢作:うん。

杉山:ところが、東海大学の監督さん、総監督さんがミュンヘンのときのトレーナーで、昔、猫田さんとか、大古さんとか、南さんとかが。

矢作:黄金期。

杉山:ボールを回して。

矢作:見ました。ミュンヘンへの道、見ていました。

杉山:(笑)ミュンヘン、そう。ボールを回して大きい男たちがアクロバットをやらせていた先生なんですよ。

矢作:そうなんですか。

杉山:そう。

矢作:伝説ですよね。

杉山:そう(笑)。

矢作:今のミラクルバレーボールの礎ですものね。

杉山:そうです。その先生なんです。だからその先生は、要するに大きい選手、素人の選手を全国から連れて来て育てるのが好きな先生なんですよ。

矢作:(笑)出会いですね。

杉山:そこで、素人で、大きい子が近所にいるけど、大学でどうみたいな話になって、そしたら先生が連れて来いということになったので、私にもチャンスが巡ってきたんですよね。

矢作:不思議な運命ですね。しかも中学、高校としごかれていたら、ある意味ステップアップの道というよりも、しなければならない、Must be になっちゃう。そうじゃなくて、自由。

杉山:もうすごい自由で、その先生が私が高校2年生のときに、高校のときから大学、高校は練習をあまりしないから、大学に遊びにおいでっていって大学に行っていたんですよね。当時そのときの東海大学の男子の選手は、全日本に入っている選手が何人かいたんですよね。それで、サイトウ先生という先生が、私の肩をこうやって持って、「ほら見てご覧、今の練習を」って。ちょうどネットを挟んで、Aチームがブロックをついて、レシーブしてという、向こうから打ってくるという場面だったんですよ。ブロックをわざと外すんですよ。ブロックをわざと飛ばないで、相手選手がAクイックって早い攻撃を、ノーマークの状態でばーんと打ってくるんです。

矢作:はい。

杉山:そうすると、それを拾う練習をしていたんですよ。それを先生が私の肩を抱きながら、「あれはな、わざとブロックを外して、気持ちよく向こうの相手の選手が打ったときに、どこに打ってくるかをデータで取って、そこを計算してレシーブ入れて、そこから切り返して、最後の、当時15点制なので、14点目、15点目を取る駆け引きの練習しているんだよ」って私に説明したんですよ。

矢作:うん。

杉山:素人の、高校生の私に。

矢作:どうでした?

杉山:もうすごいときめいた。

矢作:うん。

杉山:バレーって打つだけじゃないんだ。

矢作:ときめきますね。

杉山:そう(笑)。

矢作:その話聞いただけでときめきましたよ。

杉山:拾うだけじゃないんだ。

矢作:すごい。

杉山:そうやってやりとりがあるんだ、駆け引きがあるんだっていうのを聞いたときに、バレーボールって面白いかもしれないと思ったんですよね(笑)。

矢作:それはすごいですね。

杉山:それを教えてくれたんです。

矢作:出会いですね。

杉山:はい。

矢作:出会いだと思いますよ。

杉山:その後が、私大学1年生のときから、選抜チームに入れてもらうことになったんですね。そこの先生が日本体育大学の宗内先生っていう先生だったんですよ。

矢作:はい。

杉山:またこの先生が、昔のバレーのやり方って、おれについてこいじゃないですか。

矢作:うん。

杉山:殴る、けるとかじゃないですか。

矢作:はい。

杉山:全然違うんですよ。いいプレーしたら、ほっぺたにチュってキスしたりするんです(笑)。褒めるんです。すごい褒めるんですよ。それで私素人だったんで、例えば、何かフェイントをぽんと置いたら、「なぜそこに置いたんだ?」って聞いてくれるんですよ。私が「いや、今レシーブのレシーバーを、こっちに、前にポジションを移せば、サイドの人が、次、決めやすいからここにフェイントを置いたんだって。レシーブフォーメーションを崩すためにやった」って言うと「いいぞー」って褒めてくれるんですよ(笑)。

矢作:おお(笑)。

杉山:二十何年前だから、そんなのあり得ないでしょう。

矢作:認めてもらったら応えようとしますよね。

杉山:そう(笑)。

矢作:もっと応えてやろうと思いますよね。

杉山:あり得ないですよね。あの時代っていったら、全国的にまだたたいて手が出ている時代ですから、その時代にやったことを聞いてくれて、褒めてくれて。ただもちろん怒られる人もいたんですよ。

矢作:うん。

杉山:多分私は素人だって先生が思っていたので、先にいいところを伸ばそうと思ったんですよね。

矢作:うん。

杉山:それで、バレーが面白くてしょうがないっていう。

矢作:今で言うならば、データを取るなんていうのは、当たり前かもしれないですね。

杉山:そうです。

矢作:ずっとカメラをこうやったりとか、国際的なものも情報も入ってきますから。でも当時そういうところに着眼をして、すばらしいですね。しかも褒めるなんていうのは。

杉山:当時、褒めるなんてあり得ないですよ。

矢作:かあーっときちゃったら、「なんだおまえそこに置くんだ」って言いたいところ、「どうして置くんだ?」

杉山:どうして?

矢作:「それはずばらしい」って言われたら。

杉山:「すごいぞ、いいぞ」って言われて、その後、実業団へ入って確かに厳しい、今度逆の指導の下でやったけれども、それも必要だなって今思うし、考えてみるといい指導者に当たっているんですよね。ものすごい指導者に。だからバレーが一段落して終わってから、今の仕事に入るまで、何で自分がオリンピックに行ったのかとか、何でこの指導者に出会ったのかって、ものすごく考えた時期ありました。

矢作:出会いね。人生の道を、導いていくわけですもんね。

杉山:そうですね。

矢作:でも、小さかった小学校、中学校時代の1年生ぐらいのときから考えれば、やっぱりちょっとアメージングですよね。

杉山:うん。

矢作:ソウルオリンピックの日本代表にいるっていうこと自体。

杉山:オリンピックに行ったのも、実は、自分が本当に目指してオリンピックに行ったんじゃないんですよ。普通のオリンピック選手って、オリンピック目標ですよね。

矢作:目指しますよね。

杉山:ものすごい努力してオリンピックに行きますよね。私違うんですよ。オリンピックに行くときに、当時のバレー界って、日立というチームが9連勝しているんですよね。

矢作:日立。

杉山:日本は日立っていうチームがものすごい強くて、ほかのチームは、そのチームに1セットも取れないとか、そのぐらい日立が強くて、日立のチームが世界とずっと戦ってきたんですよ。

矢作:うん。

杉山:という時代を何年も、何回かのオリンピックの期間をやっていたわけですよね。それでいよいよソウルオリンピックの年っていう年に、私が入社したときに、私がいたNECのチームが日立に勝っちゃったんです。だから日立のチームが全員全日本にできなくなっちゃったんですね。

矢作:そのときのNECのレギュラーであったんですか。

杉山:レギュラーで、要するに入社したその年ですよね。

矢作:じゃあその東海大を出られて、その年に。

杉山:勝っちゃったんですよ。勝っちゃうと、全日本が日立全員だったのが、負けているチームが全員全日本っておかしいですよね。

矢作:ええ。

杉山:それで、じゃあNECの選手も何人か入れよってなったときに、私がスパイク賞取ったり、いろいろベスト6取ったりしていたので、じゃあ杉山さんもという話になったんだけど、このときの全日本のコーチが大学の選抜チームの日体大の監督の宗内監督が全日本のコーチだったので、そのときの選手が何人かいたわけですよね。

矢作:ええ。

杉山:大学のときは、大学のユニバーシアード大会っていう大学のオリンピックがあって、それで私たち優勝したんですよ。世界一になったわけですよ。だから。

矢作:さらりと言いますけど、世界一。何か聞いていると、さらりさらりさらりと、さらりってくるんで、ちょっとそうですね。

杉山:そのご縁で、じゃあ杉山さんと誰々と誰々が全日本でソウル行ってらっしゃいって行ったんですよ。

矢作:そうなんですか。

杉山:ところが私は、後からバレーボールを始めている、ほかの選手たちっていうのは、結構子どものときからしごかれて、鍛えられて実業団まで来ている選手ばっかりなんですよね。

矢作:うん。

杉山:私が後から大学からやっているので、自分の中で遅れをとっているという気持ちと、もう今目の前のことだけでいっぱいいっぱいで、先のことを考えたことはなかったんですよね。

矢作:うん。

杉山:ある日突然、チームは一生懸命やっていたら優勝して、「あなたオリンピックいってらっしゃい」って言われたわけですよ。「えっ、私?」(笑)私行くんですかみたいになって、いい経験だし行ってみようといって行ったわけですよね。

矢作:でも夢のような話なんですけれども、意外と何もリラックスしていて、何も恐ろしいものがないというか、そういう状況で行けた経験っていうのは、なかなかないと思いますけどね。

杉山:ないですよね。

矢作:ないと思います。

杉山:でも私、2回目のバルセロナオリンピックのとき、今度は自分の実力で行こうと思って、実は目指したんですよ。私、けがとか病気とかで挫折して、自分で全日本辞めちゃったんですね。

矢作:はい。

杉山:だから2回目は私失敗しているんですよ。だから自分の意思がまず、オリンピック目指すぞといったときには行けなくて、そうじゃないときに行っているんですよね。

矢作:興味深いですね。

杉山:そして一生オリンピック選手って言われるわけですよ。

矢作:うん。

杉山:1回目のオリンピックのとき何したかって、私もう洗濯係ですよ(笑)。これ言わないと。

矢作:でも忘れちゃいけないのは、ユニバーシアードで優勝していますからね。世界大会で優勝していますから。その辺もさらりと言われているんですけど、私の中の今お聞きする印象としては、東海大の先生ですか、そこがものすごくキーだったような気がするんですが。

杉山:そうですね。

矢作:要するに、バレーボールっていう一つの概念を、駆け引きという、テニスだとよくありますよね。フェイントとかバトミントンもそうですけど、バレーボールってもっともっとちょっと違うようなイメージですけども、その駆け引きっていうのはチームプレーの中で緻密だし、すごい興味深いですけどね。それを教えられて。

杉山:指導者っていろんな指導法の方がいらっしゃると思うんですね。でもこのパスが正確に100本パスしたら、100本、例えばかごの中に入らなかったら駄目だっていう指導者もいれば、いや、それがすべてじゃないよと。とにかく相手の状況を見られるかどうかが勝負だから、一番大事だよって。

矢作:面白いですね。

杉山:私はたまたまこっち路線からずっといったんですよね。

矢作:うん。

杉山:ある程度自分のプレーがだんだんできてきたときに初めて、100本入んなきゃ駄目だよっていう指導者にめぐり会ったんですよ。でも、これがまた100本入んなきゃ駄目だよっていう指導者ではあったんですけど、その根底には思いやりとか人の心が分からなければプレーはできないよとか、チームはつくれないよとかという指導者だったんですね。

矢作:そこに先ほどの一番最初のチームリーダーの何たるかを要求されるわけですよね。

杉山:すごい要求。

矢作:すごい経験ですよね。でも世の中いろんなことを始めると、トップとして始めていくと、必ずやぶつかるところでもあるし、考えなきゃいけないところですよね。

杉山:うん。

矢作:スポーツによってそれを考えるってものすごいいいシミュレーションだと思うんですが。

杉山:そうですね。だから普通の多分生活をしていると、できなかったらじゃあ辞めるとかっていうことがあると思うんですよね。

矢作:はい。

杉山:でもチームって辞められないんですよね(笑)。要するに、仲間を裏切ることになったり(笑)。

矢作:それ今ね、別のことと想像しながら、確かにそうですもんね。

杉山:逃げることすらできない。本当に怖くなって、本当に自分はできないと思っているときに、普通の生活だったら例えば辞めればいいじゃないとか、例えばお友達とうまくいってなければ、ちょっと離れればいいじゃない。でも、それすらできないですよね。

矢作:うん。

杉山:要するに、絶対前にしか進むしかないという状況に本当に追い込まれて、私の場合は随分7~8年時間かかっちゃったけど、やったら本当に人間って自分が不得意だと思っていたことが、案外そうじゃなかったんだとか。

矢作:そのときの杉山さんにとっての、前に、前に、前の先って何だったんですか。

杉山:前の先?

矢作:前を目指していくって、前って。優勝とか?

杉山:それは、先輩が築いたことを後輩に伝えなければいけないっていう使命感ですよね。自分のところで伝統を壊せないんですよね。

矢作:うん。

杉山:それが一つ、逃げちゃいけないと思った理由、表向きの理由はそれですよね。裏の理由は、逃げる勇気もない。

矢作:おお(笑)。

杉山:本当に、逃げる多分勇気があったら逃げていたと思うんですよね。

矢作:逃げることには勇気という言葉が必要なほどの窮地ですよね。普通逃げるって結構ね、簡単に、負けは負けってやればいいわけですから、それを勇気っておっしゃるっていうことは、よほどのいろんなものを背負っていた。

杉山:そうですね。やっぱり仲間でずっと実際練習してきて、監督が自分にやれと。できなくて、もう何年もたっているんです。普通何年もたっていたら下の人にやらせますよね。

矢作:ええ。

杉山:だって実業団ってどんどん選手が入ってきて、どんどん選手が変わっていくわけだから。

矢作:そうですね。

杉山:なのに、いまだに私に要求するわけですよ。何年もたっていって。だから追い詰められていても。

矢作:応えなきゃいけないとかの気持ちもあった。

杉山:というのはあるんですよね。ただ、本当に弱っているときって、前にも後ろにも進めないんですよね。

矢作:うん。

杉山:取りあえずそこに踏ん張るだけをずっと続けていたら、ありがたいことにチャンスがきて、それがきっかけで築くことができたんです。

矢作:なるほど。そのときは、実業団のレベルとすれば、1回優勝していますよね。日立に勝ちましたよね。

杉山:勝って優勝して、その後、優勝させた上級生が抜けて。

矢作:抜けて、要するに、それを伝統というのは、勝者としての伝統をずっと。

杉山:そうです。負けて、負けて、負けて、上級生として、絶対この子たちで優勝させなきゃいけない。優勝して辞めなきゃいけない。割とずっと上位4つには残っているチームだったんですよ。

矢作:うん。

杉山:いつも優勝に絡んでいるけど勝てなかったりとか、でも選手が、けが人がいっぱい出ちゃったり、選手がいないときって本当に厳しいんですよね。

矢作:うん。

杉山:でも、私が入ったときはもう優勝して、その前、2位、3位ってずっと割と強かったんですね。

矢作:うん。

杉山:だから自分のときに落とすわけにはいかない。だから自分がいて優勝しなきゃいけないんだけど、ずっと優勝をしていないんですよ。要するに、リーダーがいないから。ずっと優勝できない。

矢作:リーダーの力っていうのは、実力が拮抗していても、リーダーの力によって優勝するか、敗者になるかっていうのは決まるっていう感じですか。

杉山:私はもうリーダーだと思います。

矢作:そのゆえんというか、カリスマ性? だけじゃないですよね。

杉山:カリスマ性があれば、リーダーするのに多分楽だと思うんですよね。

矢作:うん。

杉山:だからリーダーの素質は、1つはカリスマ性があれば多分、割とできると思うんですよ。

矢作:そうですね。集合って言ったらカリスマ性があればひゅーっと集まる。

杉山:ちょっと怖い顔したら、ぐっと選手がこっち向くとか、言うこと聞くとか。

矢作:うん。

杉山:でも、私あまりカリスマ性がなくて、自分がポジション的にも、私センターポジションといってブロックしたりとかだったので、サイドでがんがん打って、自分がエースでぐいぐい引っ張るというタイプじゃなかったんですよね。

矢作:うん。

杉山:だからそうやってプレーでチームを引っ張ることもできない。

矢作:うん。

杉山:じゃあ私はどうやってチームをまとめて引っ張ればいいのが要するにできなくて、でも、違うやり方で最後はまとめていこうって自分で決めていくんですけど、それが全然、それは自分で後から見つけて、そういうふうにカリスマ性がなくてもできるんだっていうのが分かった。

矢作:うん。

杉山:だからカリスマ性があれば、そのリーダーシップはとりやすいという話で、私は別にそれだけじゃないと思うんですよね。

矢作:結局リーダーシップ、リーダーによりけりだと。勝者、敗者決めるのって、断言なさる、そこのところでご自身の出した結論というのは、何が鍵、要するに、自分がやっぱりリーダーシップを持つ人間がいないと駄目だって気付かれたこれっていうのは。

杉山:最後は、ずっと万年2位だったんです(笑)。

矢作:はい。

杉山:選手も出てきて育っている。

矢作:1位と2位ってちょっと雲泥の差かもしれないですよね。

杉山:例えば、面白いのが、データを見ると、スパイク決定率とか、チームの決定率とか、ブロック決定率、全部1位なんですよ。成績は2位なんですよ(笑)。

矢作:そこはどこかっていう。

杉山:要するに、そのデータで出てこない部分が劣っているというわけですよね。

矢作:うん。

杉山:面白いのが、よくバレーボールでも試合やっていくと、バレーに勝って勝負に負けたねっていう試合があるチームって弱いわけですよ。

矢作:うん。

杉山:データでバレーは負けているけど、勝負に勝てるチームは、最終的には勝つんですよね。だから技術があることと試合に勝つことは別なんですよね。でも、今指導者は技術ばっかり教えるわけですよ。

矢作:なるほどね。

杉山:NECの葛和監督は、勝負を教えてきたんですね。

矢作:うん。

杉山:だから勝負を勝つためには、やっぱり戦で「おー、いくぞー」っていう人がいないと駄目なんですよね。戦いのときに「いつ行ったらいいの?」って。

矢作:うん。

杉山:作戦を練って、「よしっ、今だー、横から戦えー、攻めろー」とかってやる人がいないと。

矢作:モチベーションのコントロールっていうのは、技術だけじゃいけないっていうところなんですかね。

杉山:そうです。だから技術はあるんですよ。Vの選手、Vリーグ●。これをいつ使うかが一番大事なわけですよ。いつどこで使うかが一番大事なんだけれど、それは、上級生は分かっても下級生はできなかったりするじゃないですか。

矢作:うん。

杉山:だから下級生に、「今、今、今、やり投げろって」いうことを言わなきゃいけないわけですよ。だからそういうふうにやることで、チームってまとめられるんだっていうこと、私は自分でそのやり方でやったんですね。

矢作:なるほどね。先ほどおっしゃった、褒めてとか、いろんな指導者に出会ったと思うんですけれども、100発入れるということを要求する反面、チームのきずなとか、そういう根底に流れている血をみんなで一つにしようよみたいな、そこがやっぱり杉山さんの中で蓄積されていって、要求されたときに、その辺もいろんなものがきっと出されたんでしょうね。

杉山:そうだと思います。だから今思えばそれを引っ張り、私の中で自分自身も知らない自分を引き上げた指導者は8年待っているわけですから、私、指導者偉いなあと思って(笑)。

矢作:そうですね。

杉山:この間、もう1週間ぐらい前かな、久しぶりに監督さんにお会いして、いつかお礼言おうと思って、やっと言えました(笑)。いろいろお世話になって。

矢作:先生も内面的なことっていうのは表に出さなかったかもしれないけど、きっと待っているっていう感覚じゃなかったのかもしれないですね。

杉山:どうだろう。

矢作:信じているっていう感覚よりも、杉山しかいないっていう、何かそういうものがあったような。

杉山:私もそこ聞いてみたいですね。なぜ8年あそこまで待ってやったのか。

矢作:でも、先生はお答えにはならないじゃないでしょうか。その年々に感じて確信された事の様な気もしますね。

杉山:うん。

矢作:でもいろんなお話伺っていて、今の日本のリーダーというと鳩山さんですよね。

杉山:(笑)そうですね。

矢作:なんかこう、いろんなお話がリンクしていくような気がしまして、迷うところもあるし、伝統というか、今までの日本というもののあり方を裏切っちゃいけないとか、旗揚げして勝ちましたと。民主党勝ちましたみたいな形になって、そこから今いろんな問題が沸き起こってきたときにとか、やっぱりリーダー次第というお言葉がすごくリンクしてくるような気がするんですよね。

杉山:うん。

矢作:やっぱりリーダーの存在っていうのは大きいですものね。

杉山:大きいと思いますね。だからずっと万年2位と言われ続けて勝てなかったときに、それまで私の中で、自分はリーダーができない、私にはそういう素質がないと決めつけていたんですね。

矢作:ええ。

杉山:だからリーダーがいなくても、全員で、みんなで考えて話し合ってやれば、いつか勝てるんじゃないかと思ったんですね。

矢作:うん。

杉山:でも結果としてそういうふうにやっているときって本当にずっと2位なんですよ。どの試合に出ても2位なんですよね。だけど、私が結局リーダーシップをこうやろうって、自分がリーダーになろうと本気で決めた、自分はできないんじゃなくてやろうと決めたのは、アトランタオリンピックの解説に行ったときだったんですよ。

矢作:NHKですね。

杉山:NHKで解説に行ったときに、準決勝でキューバとブラジルが試合をしていたんですよ。

矢作:はい。

杉山:すごい競り合って、終わった瞬間に選手同士がネットのとこまで行って、胸ぐらつかんだのですよ。

矢作:ええ!

杉山:バレーでそういうのあり得ないじゃないですか。ネットを挟んでいて、終わった瞬間に(笑)。

矢作:ごめんなさい、まったく別のこと想像していたのね(笑)。

杉山:野球って乱闘とかありますよ。

矢作:ええ、ありますよ。

杉山:バレーでそういうの考えられない。

矢作:いや、ちょっと想像つかなかったですね。

杉山:そしたら、ベンチからばあーっと行って、まあまあまあまあみたいになって、オリンピックに出る選手っていうのは、本当にスポーツのことだってちゃんと文化的に理解をしている人たちが出ているはずだから、そんなことあり得ないのに、はずなのに起こっちゃったわけですよ。だから自分の感情が抑えられないぐらいメダルに執着があって勝ちたかったんですよね。だからもうどう見られても、どうでもいい、自分の感情を抑えられないわけですよ。私それを上から会場で見ていて、そのときにはっと思ったんですよね。この人たち絶対やっちゃいけないっていうことを、もう抑えられないんだって。でも、私が自分のチームでやっていることって何だろうって思って、私、結構監督に怒られていたんですよ。

矢作:うん。

杉山:だから怖かったんですね。だからいつも失敗しないように、怒られないようにってやっていて、というふうになっちゃっていたんですね。

矢作:なるほど。

矢作:おお。

杉山:だから、私が上級生で入っていて、この代で負けちゃいけないとか、怒られちゃいけないとか。じゃなくて。

矢作:主体的になったわけですよね。

杉山:そう、そのときに初めて思ったんです。

矢作:すばらしいと思います。

杉山:そしたらそのときに、リーダーは自分でやろうと思えたんですよ。そしたらそのときに、自分が一番得意、私、解説やるぐらいなんで、理屈っぽいんですよ(笑)。

矢作:(笑)。

杉山:あれが、これが、こうで、こうでとかって。

矢作:いいじゃないですか。

杉山:なので、チーム帰って、その相手を観察するのは基本的に好きなんですよね。なので、しょっちゅう見ているから、みんなに今ああだからこうだからって教えてあげるのは大好きだから教えて、今こうやって攻めたら絶対点取れるなあっていうのは分かるわけですよね。それで今、よし、行こうみたいな、旗揚げをするようなことをしていったら、チームがどんどんうまくいって、その年のVリーグ勝ったんですよ。

矢作:すばらしい。

杉山:それはもう下級生も、じゃあそういうふうにやろうねってみんな言ってくれて、うまくいったんですよね。だから自分がリーダーシップを取ろうと決めて、決めることができたら、初めて動いて優勝できたけど、みんなでやっていればってやっているときは、ずっと2位なんですよ。本当に不思議なもんですよね。

矢作:じゃあそのリーダーシップをとっていたんではなくて、今までは、そのVリーグで優勝する前は、とらなきゃいけないっていう主体性がなかったんですね。

杉山:ないですね。

矢作:あの胸ぐらの光景を見て、初めて自分でとらなきゃ、とろうって思ったんですね。

杉山:とりたい。

矢作:とりたいって。そこが分岐点だったんですよね。

杉山:そうですね。あれがきっかけですね。

矢作:そのお話は、すごいなあ。

杉山:だからずっと結局2位、2位、2位、2位できているときって、やらされていたし、リーダーシップももちろんとれていないですし、初めて気が付いてできる。だからやっぱりリーダーがいなきゃ駄目なんだって思ったのは、その後、勝ってからですよね。

矢作:うん。そうですね。私もちょっとあるきっかけでリーダーとは何ぞやみたいな講義、講義というか、行ったことがあるんですね。そのときにいろいろ調べますと、やっぱりラグビーのチームプレーの中で、ラグビーっていうのは組織、先頭のパートが決まっていてってという、もっとバレーボールよりも厳しいというか、シリアスだと思うんですけど、そういう人の言葉を借りると、やっぱり目的なんですよね。

杉山:うん。

矢作:目標っていうのかな。結局つまずくのは手段でつまずくっていうふうに書いてあるんですよ。

杉山:うん、そうなんです。

矢作:手段だけ着目しちゃうと、目標・目的が薄ぼけちゃうって言うんですよ。私はもうそこだけに集中して、結局、カリスマとか、一国一城のあるじもそうだと思うんですけど、そこのどこに行きたいのよ、どこに行くのよ、どうしたいのよというのがビジョンがないと、結局手段だけでつぶされちゃうっていう、それをまた杉山さんからお伺いして、ものすごく感じましたわ(笑)。感じましたわって、すみません、おばさんになっちゃった。感じましたね。

杉山:分かります。

矢作:そこを何か、学生とか小学生でも中学生でも、早ければ早いほど、どうしたいのよ、あなたっていう、理路整然とした、どうしたいの、何をしたいの、何のために、だからどうしなきゃいけないっていう、この考え方がね。

杉山:そうなんですよね。目標を例えば立てて、やり方が悪いとうまくいかないから、それを修正してまた進めばいいわけなんですけど、日本の一般的な進み方って、やり方が違うと、もう人間否定までされちゃうんですよね。

矢作:そうなんですよ。オーノー、そうだと思うんですよ。

杉山:そうすると、ああ、もう自分は駄目なんだって言ったら、どんどんどんどん方向が違っていっちゃう。ではなくて、やり方が違うから、やり方を変えて、またチャレンジすればいいんだよ。だからやったことに対しては、自分で自分をちゃんと褒める、チャレンジした自分を褒めて、やり方は修正すればいいだけの話。

矢作:常にここに目標があるからなんですよね。

杉山:そうそう。

矢作:これがないがしろにされて、手段だけで翻弄するから、人間否定されるともうここがないから、もう否定のまんまでいっちゃうっていう感覚ですかね。

杉山:そう。でも何か日本のバレー、特にバレーなんかはおれについてこいで、失敗すると「何やってんだー」って怒るだけで終わっちゃうとかっていう指導者多いと思うんですよね。

矢作:うん。

杉山:そうすると、やり方をもう1回考えてみろよという提案はそこにはないですからね。

矢作:うん。

杉山:そうすると選手は、自分は駄目なんだ、能力がないんだって自分を否定することで終わっちゃう。

矢作:うん。

杉山:そうすると、自信がない、自分は駄目なんだっていう人であり続けちゃう。私これが怖いんですよね。

矢作:うん。

杉山:何やっても多分そうだと思うんですよね。

矢作:この間、私ちょっとある人に会ったときに、28歳の青年なんですけどね。

杉山:はい。

矢作:28歳の青年が言うんですよ。「矢作さんね、日本の高校の場合は、もう高校2年で理系か文系、決めなきゃいけないんですよ」と。そうそう、うちに息子いるから、そうそうそう。「これってどう思います?」と。

杉山:うん。

矢作:16歳でその目的とか目標とか、手段しか教えていない人間に、どっちにしろと迫るわけですよね。理系か文系か決めたときに、次の年に偏差値で僕の大学決められちゃうと。

杉山:(笑)。

矢作:そうすると、目標・目的って全然関係なくて、数字で、君はもうここしか行けないよ的な、それって人間否定に値しますよね。

杉山:うん。

矢作:なんかそこからやり直そうとかいう、ここがしっかりあれば、やり直すっていうよりも、ここに向かっていくから、おれはっていう、何か自立を促しているような体制ではないんじゃないかなってちょっと思って、杉山さんのお話聞いたときに、褒めて、いろんな着眼点見ながら、しかも目標・目的がはっきり見えると、バレーボールのそういうお話の中で、非常にクリアになれたような気がするんですけど、どうでしょうか。

杉山:そうですね。なんかそうやって自分がどうなりたいかっていうのを探してというか、まず探してほしいんです。なぜこういうことが起こっているのか。例えば、私がリーダーシップのことを決定的に、あっ、これがチャンスだと思えたのは、アトランタオリンピックで解説に行ったからじゃないですか。

矢作:ええ。

杉山:でもあれは、私が選んだんじゃなくて、私がNHKへ行って解説させてくださいって言ったんじゃなくて、たまたまその話がきて。

矢作:めぐり合わせですよ。

杉山:めぐり合わせ。だから監督が、おまえせっかくだから、勉強になるから行ってこいって言われたんですよ。でもそのときに、リーダーシップのことでうまくいっていない私に、監督はわざわざそういうふうに行かせているわけですよ。だからチャンスって多分起こってくると思うんですね。

矢作:よく言います。

杉山:だけどそのときに、自分が、私はもうこうだからって決めていたりしちゃうと、そういうチャンスが見えないっていうんですか。

矢作:本当そう思います。

杉山:私も自分の人生を振り返ってみると、ちゃんと決まっているというか、そういうふうになるように、ちゃんといろんな情報がきていたりしているんですよね。いろんな指導者にめぐり会って。

矢作:いやもう、お伺いしているだけで、そういう道がね、糸がこう見えますね。

杉山:そう、見えるんですよね。今の仕事のことも全部つながっているんですよね。

矢作:うん。

杉山:だから多分みんな、生まれてきているからには、私は何か使命、何かあると思うんですよね。

矢作:うん。

杉山:だから自分に興味があったりとか、何かあったら、まず1回ぐらい失敗しても関係なく、ちょっと方向性を戻してあげてやってみるとかすると、何か自分自身見えてくると思うんですね。目標だったり、興味だったり、それこそ私なんか使命感がものすごく出ているんですけど、使命感だったり、何かあると思うんですよね。

矢作:うん。

杉山:そうすると例えば、若い人たちにもチャンスがあると思うんだけど、でもそれはね、環境のせいだっていうふうにしてしまってもいいけれど、私は環境じゃないと思うし、どんな環境であろうとも、その人がそういう感性を持っていたら、私、絶対チャンスってあると思うんです。

矢作:強い自発的な意志っていうものが、よく言う話が貧乏であっても、ミカン箱1つでもいくらでも勉強できるって、その気持ちの強さなんでしょうけどね。

杉山:何かどこかから、私、絶対そういうのはチャンスがあると思うんですよね。

矢作:そうですね。

杉山:それを自分でつぶすというか、私1回大学生のときにこう言われたことあるんです。まだ大学生でバレーボール始めたころですね。そしたら、日体の宗内先生が、私が選抜チームに入って、私は素人でみんな春の高校バレーで活躍してきた人たちが集まっていて、そしたら、私、監督のところに当時行って、レギュラーになるためにはどうしたらいいですかって聞きに行ったらしいんですよ。後から教えてくれた。聞きに行ったらしいんですよ。そしたら監督がそのときに、まず1つ、性格変えろって言われたんですよ(笑)。私は当時、そうか、そうか、性格変えればいいんだと思ったのと、次に言われたのが、駄目な学生は、この先生の授業が面白くないと言われたら聞きに行かない。いい学生は、この授業が面白くないと言ったら、何が面白くないかを聞きに行くって言ったんですよ。おまえは、こっちの学生になれよというふうに言われたんです。大学の1年生で、素直ですからね。私は、ふんふんって。だからどの人の話もちゃんとまず聞いてみようとか、まずやってみようっていうのが、多分そこで覚えたんだと思うんですよね。

矢作:うん。

杉山:この人が言うからやらないとか、ちょっと何か興味ないからまずやらないっていうことじゃなくて、言われたらまずやってみてとかっていうのは、多分その先生の影響が大きかったと思うのですけど。

矢作:本当に何か見えない導きが、オープンマインドになりなさいっていうようなことを、そのときからおっしゃられているわけですよね。

杉山:そうですね。だから自然にそういうふうになっているんですよね。

矢作:びっくりしちゃいますね。

杉山:びっくりします。だから自分でもびっくりします。

矢作:その質問を投げ掛けた杉山さんにもびっくりした(笑)。びっくりしちゃったから、びっくりした答えも返ってきたようなね。すごいオプティニティですよね。チャンスってそうこないっていうけど、常に毎日毎日いろんなオプティニティがきていて、それを拾うかどうかだけ。

杉山:そうだと思います。

矢作:だから、あっ、これやってみたいなっていうのもオプティニティなんですよね。やってみたいなあと思ったときに、やるか、やらないかだけなんですよね。そこの部分を実行なさるっていうのが、やっぱりそれはきっとチャンスになりますよね。

杉山:終わってみたら、ああ、チャンスだったんだとか、転機だったんだとか、ですよね。

矢作:うん。

杉山:だから、今はそういうふうに思うようになりましたけど、自然に自分の人生の中でもそういうことが起こってきて、すべて、今振り返るとっていう話です。

矢作:そうですね。でも本当に、今混沌としたこの世の中の中で、割とそういう点ではオプティニティいっぱいあるのに、もうデフレだからとか、もうリストラだからだとか、暗い話が多いですよね。でも、沸き起こるぱんとひらめいたものとかを目標を持って進んでいくことで、その手段というものにいろんなつまずきがあっても、ここさえしっかり押さえていれば、明るくなるような気がしますしね。そういうお話だったと思うのですが。

杉山:学生の就職のことで、就職何十社受けたとか、でも全然採用がないとか、よくテレビでやっているんですよね。

矢作:うん。

杉山:だけど、受かっている人は全部受かっているんですよね。受からない人が全部落ちていたりするわけですよ。だから、受かる人は受かるし、受からない人は受からないっていう。ということは、じゃあ受かる人はどうしているのっていうふうに考えたほうがいいと思うんですよね。

矢作:そうですね。だから受からない人、受かる人って、一口にそういうふうに言ってしまうと、差別っていうか、そういうふうになっているけれども、きっと何かメッセージがある。

杉山:そう。

矢作:そういうふうに取ると、ああ、今、世の中がこうなっているけれども、何かメッセージじゃないかって。こういうふうなメッセージを、じゃあ覆してこういうふうにしようという、そういうメッセージだったら、これをちょっと探ってみようよみたいな感じでやっていけば、就職もね、くさるんじゃなくて、いうところですよね。

杉山:そうだと思います。だからそのキーワードが、多分私は自立じゃないかなあと思っているんですよね。

矢作:私もそう思うんです。

杉山:本当ですか(笑)。

矢作:何も打ち合わせもなく。

杉山:すごい、本当ですか。

矢作:私のメッセージ、自立なんです。

杉山:本当ですか?

矢作:自立です。インディペンデントなんですね。自立しかない、もうすべて、子どもも大人も、みんな自立。国もそうだと思うんで。

杉山:はい。

矢作:いや、だから自立とは何ぞやということで、やっぱりそこにはいいリーダーシップがいて、自立のために目標・目的だなっていうふうに思っていて、何ら打ち合わせもなく(笑)。

杉山:うれしい。

矢作:お話しした結果が、でも本当にこれからヘルスコーディネーターとしての目標というものがあられると思うんですけれども、ひとつオリンピックの経験者でもあられますし、日本の代表選手のヘルスも。

杉山:そうなんですよ。力を入れているんですよね。自立できている選手は、自分の才能をぐーっと引き出すことができる。でもどんなに才能があっても、自立していないと才能が、一瞬開花してもすぐ終わってしまうとか。

矢作:そうですね。

杉山:それを見てきて、ちょっと自立できるようなサポートをしたいっていうのが私のテーマなんですよね。

矢作:そうですね。ダイレクトに何か加担をするんではなくて、自立のサポートっていう、そうしないと自立はしないですもんね。

杉山:そう。

矢作:すばらしいと思います。私もそういうふうにしていきたいなあと思って、今いろんな方とお話を伺っているんですけれども、本当に今日は何か私も背筋がぴっと伸びて、いいお話を伺えたと思います。

杉山:どうもありがとうございました。

矢作:杉山さんでした。ありがとうございました。

本日のお相手

杉山 明美(すぎやま あけみ)氏
杉山 明美(すぎやま あけみ)氏
元バレーボール選手、スポーツコメンテーター、ヘルスコーディネーター

第七回/対談のお相手は 杉山 明美 (すぎやま あけみ)氏
日本の元バレーボール選手、スポーツコメンテーター、ヘルスコーディネーター。
神奈川県平塚市出身。
中学時代にバレーボールを始め、神奈川県立五領ヶ台高等学校で頭角を現した。東海大学時代の1985年、神戸ユニバーシアード優勝、関東大学1部春季リーグ優勝に貢献。 1987年日本電気に入社し、1年目からレギュラー獲得。第21回日本リーグではスパイク賞を獲得した。1988年全日本に初選出。同年開催のソウル五輪に出場。1997年第3回Vリーグ優勝を最後に現役引退。1998年まで後進の指導などに当たり、その後社業専念。2001年退社。 現在はNHKのVリーグ中継解説者、分子整合栄養医学管理士として栄養療法のヘルスコーディネーターとして活動。 また2006年4月より、法政大学非常勤講師を務める。

<所属チーム履歴>
■神奈川県立五領ヶ台高等学校→東海大学→日本電気(NECレッドロケッツ)(1987-1997年) ■全日本代表 – 1988-1989年、1991年

<全日本代表としての主な国際大会出場歴>
■オリンピック – 1988年 ■ワールドカップ – 1989年

<受賞歴>
■1987年 - 第21回日本リーグ スパイク賞、ベスト6
■1989年 - 第23回日本リーグ スパイク賞

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